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でも彼ととくに会話を交わす必要はない。向こうからもその雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「あの、私はそろそろ失礼します。このたびは本当にありがとうございました」
「あら、もう帰るの? 瑠衣さん、是非またいらしてね。ここは退屈でしょうがないの。またお話聞かせてちょうだい。お母さまにもよろしく伝えてね」
名残惜しそうな面持ちの光子さんに頭を下げる。
「ありがとうございます。お体、お大事になさってくださいね。失礼します」
そのとき彼とも目が合ったが、私は礼をする形で目を逸らして病室をさっさと後にした。
それにしても緊張したな。
一般病棟と共通の総合受付の前までやってきて、大きく息を吐く。病室だけではなく光子さん、現れた孫の久弥さん含め、私とはあまりにも住む世界が違うのを感じた。
「倉本さん」
ふと名前を呼ばれ、聞き覚えのある声にまさかという思いで振り返る。そこには、先ほど光子さんの病室で紹介された孫の久弥さんの姿があり、目を見張った。
彼は硬直している私のそばまでやってくると、自然と私を見下ろす形で口を開く。
「祖母はああ言っていたが、無理に来なくてかまわない。十分な額の寄付はしたはずだ」
「……は?」
前者はわかるが、後者は理解できなかった。おかげで不躾も承知で間抜けな声をあげる。すると彼はわずかに眉間に皺を寄せた。
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