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久しぶりに、奈良橋豆腐研究所に、奈良橋社長、拓哉、伊藤さん、並びに美樹が勢ぞろいする。
ようやく警察の実況見分が終わり、実験機器は散乱している。
奈良橋社長が寿司を注文してくれた。右手にはまだ、包帯がまかれていて、少し痛々しかった。
舌にとろけるようなトロを味わいつつ、今後の計画を語る。
「皆さん、本当にごめんなさい」
伊藤さんが頭を下げる。
「もう、いいって」
拓哉が笑った。美樹も同感だった。彼女は、あの巨体のアレックスに臆することなく立ち向かったのだ。
「とはいえ、背任は背任だ。責任はとってもらう」
奈良橋社長が真剣な声を出した。
「はい。辞表は用意しました。それとも、懲戒解雇でしょうか?」
伊藤さんが封筒を渡す。
「そうだな、」
奈良橋社長が左手で封筒を受け取った。
「ご覧の通り、俺は箸も持てないような状態でね。伊藤さん、辞表は受理するよ。さらに、君は責任を取って、俺の家庭で主婦業をやって欲しい。俺の手が治るまで。できれば、生涯」
「え」
伊藤さんの目に、涙があふれ、頬を伝ってゆく。
それってプロポーズなのでは?
でも、奈良橋社長は美樹にも告白して、拓哉と決闘までしたのだ。少し、いや、大分、移り気すぎない?
視線を感じたのか、若い社長は美樹の方を向く。
「俺は、頑張る人を好きになるんだ。強盗に、カッターナイフ一本で立ち向かう。その勇気に惚れたのさ」
そう言って、ウインクをした。
「こういう性格なんだよ。奴は」
拓哉がぽん、と美樹の肩に手をのせた。
論文投稿の準備は完了。
机には新たに育成したキノコが、ぼこぼことアルコールを生産している。
廃材から莫大な量のアルコールを生産する菌。
発表されれば世界が変わる。
拓哉が精悍な顔で、Enterキーに親指を当てた。
「愛してるよ、美樹」
額にキス。
「私も、拓哉」
頬にキスを返す。
この胸の高鳴りは、論文投稿のためなのか、愛のためなのか。
多分どちらもだ。
美樹は拓哉の親指に、親指を重ねた。
「せーのっ!」
新発見が、電子の海に漕ぎ出した。
美樹と拓哉は見つめ合い、もう一度、とささやき、唇を重ねた。
完
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