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美樹は男を見た。街頭が暗いせいであまりはっきりとは分からなかったが、それでも不良3人とは違ったオーラの持ち主であることは直観できた。
20代後半だろうか、黒い髪は清潔に切りそろえられ、不良どものパサついた汚らしい髪とは全く違っていた。綺麗な面長の顔。瞳には意志の強そうな印象を受ける。白無地のTシャツ。青いジーンズ。
「あ、なんだよ兄ちゃん。見てわからねえ? 俺達、今彼女を遊びに誘ってんだよ」
モヒカン男が突如現れた男性に寄っていき、唾を飛ばしながら威嚇した。
「あの子の腕を離してください。嫌がってるじゃないですか」
男性は少しも気圧された素振りは見せず、再びつぶやいた。
「なめてんのかテメェ!」
男がすごんだが、綺麗な男性は全く動じない。
「痛い目見てみろ」
モヒカン男がパンチを繰り出したが、男性は苦も無く避けた。
「嫌なんですよね。暴力は」
あくまで平然とモヒカン男に告げた。
「てめっ!」
モヒカン男が再び拳を繰り出す。その刹那、モヒカンが宙を舞い、アスファルトに叩きつけられた。
美樹ははっきりとその光景を見た。合気道だろうか。男性はモヒカン男の拳が顔に当たる寸前でかわし、男の手首を持って関節の曲がらない方へひねったのだ。
「痛ェ、てめっ、殺すぞ」
「無理だね。君は本格的な空手やボクシングのトレーニングを受けていない。ちゃんとしたストレートでなければ、俺には当たらないよ」
男性は静かに答えた。
「調子にのってんじゃねえぞ、コラ!」
今度は金髪男が男性にからむ。大声を張り上げて、まるで動物園のゴリラだ。
金髪男が蹴りを繰り出した。男性は腕を曲げて全身を使って受ける。次に美樹が目にしたのは、金髪男がアスファルトに顔面から崩れ落ちる光景だった。
二度目の蹴りを放った瞬間、男性が軸足を刈ったのだ。支えを失った金髪男は、蹴りの遠心力を持て余して、受け身も取れずに地面に落ちた。
「な、め、やがってっ」
リーダー格の赤髪の男が怒気をはらんだ声を出す。仲間の二人がいとも簡単に倒されたので、男性には警戒して距離を取っている。
赤髪の男がポケットをまさぐった。
おんぼろの街灯の光を受けて、手に握ったものが鈍く光る。美樹は悲鳴を上げそうになった。ナイフだ!
「君は実にバカだ」
男性は物怖じせずに話した。
「調子のるんじゃねぇ、この」
赤髪の男は対照的に頭に血が上って、冷静な判断ができないようだ。
「ここで俺を刺してみろ。傷害か、下手をしたら殺人未遂だ。確実に実刑だぞ」
「うるせえ!」
金髪男がナイフを振りかぶった。凶器がギラリと光る。
その瞬間、男の手からナイフが無くなった。
男性が一瞬で手の甲を蹴り上げ、ナイフを飛ばした。
唖然とする金髪男。
チャリンと金属がアスファルトに落ちる音がした。
金髪男が一瞬、呆然とした。男性はその隙を見逃さなかった。バチン、とズボン越しにも威力が伝わるローキック。金髪男が太ももを押さえて体勢を崩す。男性はすぐに金髪男の懐に入り、腹部に膝を蹴り上げた。
ごふっ、と声を出し金髪男がアスファルトの地面にうずくまる。
「お嬢さん、さあ、逃げよう」
男性が美樹に優しく語りかけた。絡んできた男三人はアスファルトで悶絶している。
ありがとう。と言う暇もなく、男性は美樹の背中に手を当て、人通りの多い駅前へと避難した。
背中に当てられた手は、温かだった。
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