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美樹と男性は駅前の繁華街へと逃れた。美樹を支える男性の、筋肉質な体が途方もない安心感を与える。わずかにシトラスの香りがした。
「じゃ、ここで」
と男性は美樹の背中に回した手を離した。
美樹に顔を近づける。眉は細く、鼻筋はくっきりとしている。瞳は吸い込まれるようだ。美樹の心臓が跳ね上がった。
「すみませんが、警察には届けないで下さいね。ケンカに巻き込まれた事とか話すの、時間のムダですから」
「はい」と言おうとしたのに言葉が出ない。二度三度とお辞儀をした。
この人のことをもっと知りたい。唐突に、得体のしれないフェロモンのような感情が湧き上がってきた。
美樹は勇気を出して尋ねた。
「あ、あのっ、連絡先とか教えてもらえませんか? お礼とか、したいんで」
どもりながらも伝えることができた。
「いいですよ」
男性はとびきり甘い笑顔を浮かべると、ポケットに手を突っ込み、無造作に名刺を取り出した。
美樹は卒業証書をもらった時のように、うやうやしく頂戴した。
『奈良橋豆腐研究所 本部長
荒巻拓哉』
と紹介があり、メールアドレスと電話番号が末尾に記載されていた。
かっこいい人だった。また会いたいな、と美樹は心から念じた。
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