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第1話
「お客さん、終点ですよ。降りないんですか?」
さっきからちっとも動かない、車窓から見える景色をぼんやりと眺めていた僕に、鉄道員が怪訝な顔で話しかけてきた。
もう着いたのか。終着駅というのは乗り過ごすことがないから便利だ。
「……降ります」
「あれ? 少し顔色が悪いようだけど大丈夫? 君まだ未成年だよね。ここ無人駅だけど、誰か迎えに来てくれるのかな」
僕の顔を見て明らかに年下だと判断した鉄道員――あまり僕と年が離れているようには見えない――は、先程よりもフラットに話しかけてきた。未成年というのは合っているし、いきなり馴れ馴れしく話しかけられるのは少し不快だけれど、心配してくれているようだから良しとしよう。
しかし、無人駅か……駅員に道を聞こうと思っていたのだけど、誰もいないなら仕方ない、この鉄道員に尋ねるか。
「あの、万里小路邸をご存じですか?僕はこれからそこへ向かう予定なんですけど」
「え? ごめんわからないや。それで、迎えの人は呼べないの?」
「分からないならいいです、心配してくださって有難うございます。では」
「あ、ちょっときみ!」
まだ何か言いたげな鉄道員を振り切って、僕は人っ子一人いない無人駅に降り立った。これから衣食住のすべてを世話になるというのに、図々しく迎えなどが呼べるはずがない。そもそも誰に連絡したらいいのか分からないし、今の僕は携帯端末すらも所持していない状態なので連絡のしようもないのだ。それにしても、
「とんでもないところだな……」
僕の頭上をカアカアと鴉が数羽鳴きながら飛んでいった。彼らの向かう先、僕の目に入る景色は見渡す限りの山、山、山――……
丁度紅葉の季節で色とりどりに染められた山々は美しく、夕方の時間帯なので夕陽に照らされたそれらは涙が出そうなくらい神秘的な美しさを放っている。
そうだ、僕が泣きそうになっているのは景色に感動しているからだ。決して先の見えない未来を嘆いているからではない。
「――更!」
え? ――いつからそこにいたのか、詰襟の黒い学生服を着崩した人の良さそうな青年が近づいてきた。短く刈り込んだ黒髪、やや健康的な肌色、がっしりとした身体付き。
何故僕の名を知っているのか――そして何故いきなりファーストネームで呼ぶのか――を確認する前に、彼はさっきの鉄道員以上に馴れ馴れしい態度で話しかけてきた。
「良かった無事に着いたんだな。長旅お疲れ様。お坊ちゃまが電車なんて乗って疲れただろ。早く家に帰ってゆっくりと風呂でも――」
「あの、どちらさまですか?」
「へ?」
「万里小路家の使いの方ですか? 迎えが来るなんて聞いてませんけど」
眉を顰めながら素性を尋ねると、彼はぽりぽりと頬を掻いて少し残念そうな顔をした。
「俺のこと、覚えてないのか……」
「?」
「まあいっか。俺は万里小路慶、万里小路家の三男だ」
「えっ……」
「裏にバイク停めてるから回してくる。あ、バイクに乗ったことは?」
ぶんぶんと首を横に振った。僕は生まれてこのかた17年間、乗ったことがあるのは飛行機のファーストクラスと豪華客船の一等船室、新幹線のグリーン席、高級外車、そしてサラブレットの馬だけだ。普通の電車に乗ったのも実は今日が初めてだった。
いやそれよりも、彼が万里小路家の三男だって? とても資産家の息子には見えない……まあそれは置いといて、何故彼自ら僕の迎えに? それにバイク? 勿論見たことはあるけど、あんな危険きわまりなさそうな乗り物に乗るなんて……いや、僕も乗るのか?ええ……?
呆然としていたら近くでブォンとけたたましい音がして、いつの間にか僕の前には派手な青いバイクに跨り、ヘルメットを被った彼がいた。
「はい、更のメット。あ、被り方わかんないか、被せてやるよ」
「ど、どうも……ヴッ!」
「バイクの横と後ろに掴むとこあるけど、怖かったら俺の腹につかまってろよ。絶対手ぇ離したらダメだぞ、死ぬからな」
「死ぬ!?」
「まあ死にはしなくても、タダじゃ済まないだろうな。じゃ、行くぜ!」
「え、え、え……うわぁあぁああああぁぁぁあ!?!?」
生まれて初めてバイクに乗った僕は、乗っている間中走馬灯のようなものを見ていた。
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