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第4話
万里小路家の専属家政婦が作った温かくて美味しい夕餉を頂き、慶に布団を敷くのを手伝ってもらって、まだ少し早い時間だけど僕は就寝することにした。明日から学校だし、場所が遠いので朝はあまりゆっくりできないらしい。
僕はバタバタするのが嫌いなので、それなら早く寝て早く起きればいいと思ったのだ。夜間にテレビを見たりゲームをする習慣は元々ない。しかし。
「眠れない……」
こんなに疲れているのに。外が静かすぎるせいで、壁時計のカチカチという音が気になる。あの時計は明日外してもらおう、枕元にある目覚まし時計だけで十分だ。
他にも見慣れない木目調の天井や薄っぺらい障子、モチーフがよく分からない水墨画の描かれた押し入れの襖、古いい草の匂いなどが気になって、何度も何度も寝返りを打ってしまう。僕は何故か部屋全体が怖くなってきて、布団に潜り込んだ。
けれど真新しい布団は冷たくて、僕を温かく包み込んではくれない。
知らない土地の知らない屋敷の部屋に一人でいるのが心細くて、まるで自分が小さな子どもになったような気がした。そして気が付いたら僕は枕を胸に抱いて、まだ明かりの付いている慶の部屋を訪ねていた。
「……慶、入ってもいい?」
「え、更? どうした!?」
廊下から障子の向こうに向かって話しかけたら、慶はすぐに僕の声に反応してすらりと障子を開けてくれた。
勉強をしていたらしく、机の上には教科書とノートが開かれている。
「あの、今日はここで寝てもいい?」
「え?」
「理由は聞かないでくれると助かるんだけど。勉強の邪魔はしないから」
「お、俺ももう寝るところだったから構わないけど! えっと、布団は一組しかないから更の布団を部屋から持ってきて――」
「ううん、いい」
僕は疲れていて、頭が回らなかったのだと思う。何が『いい』のか、自分はよくても慶が狭くて寝づらいだろうということを全く考えていなかった。僕は押入れから慶の布団を勝手に引っ張りだして、畳の上に適当に敷いた。
「じゃ、僕は先に寝るから」
「お、おう」
「おやすみなさい」
僕に気を遣ってくれたのか、慶はすぐに勉強をやめて部屋の電気を消してくれた。そして、無言で同じ布団の中に入ってきた。二人だからか、さっきと比べてとても温かい。もっと温まりたくて、僕はぬくもりに手を伸ばしてぎゅっと抱きついた。
「さ、更!? 俺は抱き枕じゃ、いや別にいいけど……うぅ」
慶が何か言ってる声が聞こえたけど、不明瞭で内容までは聞き取れなかった。
*
「さら、更、そろそろ起きろよ、遅刻するぞ」
「ん……」
うん? 聞き慣れぬ声に、ばちっと勢いよく目が覚めた。
「おはよう。よく眠れたか?」
「おは、よう……?」
「朝メシもうできてるから、顔洗ってこいよ」
「うん……」
空返事をしながら、僕は昨夜のことを思い出していた。ここは僕に宛がわれた部屋じゃない。壁に貼られたカレンダーや漫画の詰まった本棚を見て、ここは慶の部屋だと判断する。どうして僕は彼の部屋で寝ているのだろう。
「ああっ!」
「ん?」
「ご、ごめん慶! 僕昨日……」
一人でいるのが心細くなって、彼の部屋を訪ねたのだった。完全に思い出した。
「理由は聞かないでって言ったから聞かなかったけどな」
「そ、そのまま聞かないでいてくれると助かる……」
「わかった。じゃあリビングで待ってるから急いで学校に行く準備してこいよ」
布団は一つしか敷いていないようだ。それも僕がもう一組用意するのを断ったんだった。高校生が二人で……僕はやや小柄なほうだけど、狭かっただろうに。もしかしたら夜中に蹴ったかもしれないし、寒くて布団をひとりじめしたかもしれない。なのに、文句のひとつも言わずに受け入れてくれるとは。
「慶って少しお人好しが過ぎるんじゃないのか……」
慶の制服は僕には少し大きかったけど、それでも無いよりは全然ましだ。慶のバイクに二人乗りをして――今度は死を覚悟したが、慶は昨日よりもゆっくりと走ってくれたので少し楽しかった――昨日の無人駅に行き、電車で一時間かけて登校した。
「冷泉更です。よろしくお願いします」
担任の教師に趣味や特技を交えて自己紹介をと言われたけど、僕には趣味といえる趣味も特技もないため(しいていえば乗馬だが、もう二度と馬に乗る機会はないだろうから言わない)ただ名乗るだけの単純な自己紹介になってしまった。
冷泉という名字でピンとくる奴が一人はいるだろうかと予想していたけど、誰も僕がかの冷泉リゾート社の元御曹司ということには気付かなかったらしい。別に隠すつもりもなかったけれど、気付かないのならそれはそれで助かる。それに慶と同じクラスだったのでほっとした。
休み時間になると、僕の席の周りには人がわらわらと集まってきた。
「冷泉くんって東京に住んでたんでしょ? どうしてこんな田舎に来たの!?」
「今朝万里小路くんと登校したって聞いたけど、2人はどんな関係なの!?」
「彼女いるの!?」
「むしろ彼氏いる!?」
前の学校で僕に話しかけてくるのは変に下心を持った奴ばかりだったので、あまり相手にしていなかった。だからあまり――というかほとんど――友達がいなかった僕は、一度に沢山質問をされて言葉に詰まってしまった。
「おい、更が困ってるから質問攻めはやめろよ。昨日こっちに来たばかりでまだ慣れてないんだからな」
慶が近くに来て助けてくれた。それでも質問は止まず、ある女子の言葉が耳に付いた。
「やっぱり冷泉くんも万里公路くんと同じでお坊ちゃまなの!? 雰囲気がそれっぽい!」
これから同じ質問を何度もされるのなら、やはり言っておいた方がいいかもしれない。
「僕はただの一般庶民です」
いまや一般庶民以下かもしれないけど、そう言わせて欲しい。
「えっそうなの? でも二人は友達なんでしょう? だって一般庶民がどうやって――」
「貴方たちだって慶様のお友達でしょう。別に僕が特別なわけじゃない」
ぴしゃりとそう言ったら質問をしてきた女子は黙り、同じことが気になっていたらしい連中も押し黙った。転校初日の転校生にあるまじき生意気な態度かもしれないが、別に友達なんていらないから仲良くしてくれなくたって構わないのだ。
そういえば、さっきまた慶『様』って言ってしまった。でもそこを気にする人なんていないだろうと思っていたけど。
「更、様付けはやめろってあれほど……」
慶は頭を抱え、何故かクラスの連中に今度はやけにキラキラした目で見つめられている。え、何? なんで?
「ちょっとなにぃ!? 今の慶『様』って!! 超絶萌えるんですけどォォ!!」
「冷泉くんって万里小路くんの家臣なの!? それって漫画みたい!!」
「主人を守る侍とか忍みたいな!? なあ、冷泉って強いのか!?」
「弱いと思います」
「でもすっげぇ!!」
「何が?」
何故か僕は慶の家臣ということになってしまったようだ。まあ似たようなものになるつもりだったし、そういうことにしておこう。
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