冷たい女神たち<アグネス編> file-NO.2

2/5

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
――ちょうどその日の朝、彼女は優しい顔をして、くるくると快活な目で笑って、上司の探偵野郎、チャーチル氏のピクニックのためにサンドイッチを準備しながら、昔、自分に愛を告げたブロンドの男のことをふと思い出していた。 彼がどんな風に自分を求めてきたか、どんな風に近づいてきたか、アグネスは事細かく記憶していた。陽光の中で、花束を持って、緊張したそぶりでこっちを見ていた。行きつけのクラブのバニーガールたちがこぞって群がるようなそのブロンド男は、すっかり頭のイカれた手に負えないワルだったけれど、切羽詰まったその目の奥には、確かにアグネスへの思いをたぎらせていた。 午後、アグネスは古いプレイボーイ誌を持って湖に出掛け、桟橋に座った。誰かが置き忘れて行ったラジオから、爆弾魔がどうとかというニュースが流れていた。爆弾魔は、骨董並みに古い燧石式(すいせきしき)燧石式の銃を若者に配り歩き、憎しみを増幅させるような言葉をまき散らしているものだから、それが隣町のギャングスターたちの抗争に発展しているらしい、と。 アグネスは、湖面に浮かんだ死体を見つけると、ラジオを消した。そして目を細め、その死体の背中をしばらく眺めた。卵黄とマスタードの匂いのついた指でサングラスを取り、懐かしさにふけった。彼が抱えてきた花束の香りを思い出しながら。 彼女はそのデッドボディに向かって、淡水魚みたいに、こう呟いた。”スタイルもよくなくって、料理は下手くそ。チャーチルさんの助手でしかなくって、バニーガールにもなれなかったあたしなんかを、愛してくれて、ありがとう”
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加