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わたしたちは再構築ではない、というのが梨花の実感だった。
なにしろあの頃、隆之はアイドルで、わたしはその一ファンだった。いわば『推し活』の延長の結婚。
ファンにとってアイドルは、心の距離は遠くても、物理的に近くにいてくれればいい存在だった。アイドルにとってファンは、何があってもずっとついてくるはずと思わせてくれる存在だった。
そんな関係を『破壊』するのは簡単だった。
その跡地に同じ関係性のものを建造しても意味はない。
わたしたちはまったく新しいものを構築できるのだろうか。いや、もうすでに構築しつつあるのか。隆之は父親としてはもう合格といってもいいだろう。そしていつか、わたしは隆之を男として、いや、人として、好きだと言えるようになるのか。わたしはそうなりたいと願っているのか。
梨花が顔をあげて空を見た。
秋晴れとはとても言えない。年々粘り強くなる夏の気配をまだ残した空気の上は、薄曇りのねずみ色。
『スクラップ・アンド』までは来た。あとは『ビルド』できるかどうか。それはふたりの意思と行動が決める。
まずは今週の土曜日、隆之が帰ってきたら、寝室の自分のベッドで寝てみようか。案外、安眠できそうな気がする。
両手に子どもの手を握り、梨花は家へと足を進めた。
<了>
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