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「それは……、わかってるつもりです。わたしに肩書きがつくのは、それは、まあ、わたしとしてはいいんですけど……」
「あ、給料は、それはすぐに上げるってわけにはいかないと思うんです。申しわけないけど、それは本社とのネゴが必要になってくるから……」
「いえ、それはいいんです。いいんですけど……」
「でもそのうちちゃんと上がるように交渉します。確約はできないけれど、異動の時期になれば正式に辞令を出して、ほんの少しでも上げてもらうようにします。それまでのあいだ、ほら、事業所内だけで暫定的に『副』になってもらって、それこそ『形』ってことになっちゃうけど……」
「あの、篠崎さん、それはいいんです。本当にいいですから。まあ、ちょっとは期待しちゃいますけどね。あ、そうだ、時間はどうでしょう、勤務時間。残業が増えるとか、ありますよね」
「それは常見さんと棚橋さんの仕事ぶり次第です。業務が増えるわけじゃないから、今までどおり仕事が終われば帰っていいんです。当然です」
「そっか……。それなら大丈夫か。言わなきゃ、わかんないもんな」
棚橋がひとりごとのようにつぶやいた。
「なに。何か不安があるなら、この際、全部言っちゃって」
「ううん、いいんです。家のことですから」
「家のこと? 子どもさんたち、もう大きいよね。たしか中学生と……」
「上は高校生です。だから問題ないです。みんな部活で、帰りもそこそこ遅いし」
「じゃあ、何が……?」
棚橋が目を伏せて言い淀んだ。
「いえ……、べつに……。でも、バレませんよね、うちの人に」
「え、バレるって……、肩書きがつくこと、のこと……?」
「ええ、まあ……」などと言いながら、一層うつむいて指を組んだりほどいたりしている。
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