10月5日(木) 東京

3/4
790人が本棚に入れています
本棚に追加
/252ページ
 隆之には「考えている」と言ったが、そんなのは方便もいいところ。『子ども優先』という名の先延ばし。言いわけなんか考えなくても並べられる。でも人間の脳のキャパシティはそれほどちっぽけなものではない。複数のことを並行して考えることができる。  さて、じゃあ考えてみようじゃないか。わたしのこと、そして夫婦としてのふたりのことを。  わたしは隆之に優しくハグされて、心は動いたか。  あの翌日、空港の搭乗ゲート前で家族3人が隆之に手を振った数分後、梨花のスマートフォンがメッセージを着信した。 『昨夜、ありがとう。蘭の体温を感じて、梨花の体温も感じたくなった。次の帰京が待ち遠しい』  以前の隆之を知っている梨花にとっては衝撃的だった。  前夜、耳元で告げた感謝の言葉もそうだった。さすがに照れくさくて、顔を見ながらでは口にできなかったのだろう。  あのハグがきっかけではない。それは自信を持って言える。見てきたのは、この1年の隆之の変化。今、心にあるのは、その積み重ね。  隆之は「梨花をもっと見ていたい」と言った。  わたしもそうだ。隆之のこれからを見ていたい。どんどん変わっていくのか、それともひょっとして後戻りするのか。  梨花の頭に、最近、英字新聞の記事で読んだ表現がぽかりと浮かんだ。  scrap and build。壊し、造る。物理的な施設の廃棄、建て替え以外に、旧弊な組織の改変を意味するのは和製英語の解釈らしい。
/252ページ

最初のコメントを投稿しよう!