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「一日中、おしごとしないから、女の子はつまらないの?」
「あのね、そういうことじゃ……」
「いいのっ。蘭もそう思ったから」
「え、何を……」
「幼稚園でね、先生がみんなに順番にきくの。大きくなったらなんになりたいですか。男の子はね、みんな、すごくおもしろいの。宇宙飛行士とか、電車の運転手とか、消防士さんとか、サッカーの選手とか、いろいろ。みんなちがう。でもね、女の子はちっともおもしろくない。みんな、おかあさんとかはなよめさんって言うの。ときどき、お花屋さんとかケーキ屋さん。つまんない。だって、はなよめさんって、おしごとじゃないでしょ。おかあさんって、おしごとなの?」
「蘭は、なんて言ったんだ」
隆之がテーブルに身を乗りだして訊いた。俺の娘はたいしたもんだ、わずか6歳で世の中がわかっていると、勝ち誇った気分が胸の底から湧きあがってきた。その矛盾に気がついたのはずっとあとになってからだ。
「べつに」
「いいじゃないか、教えてくれよ」
「だからー、べつにない、なりたいものないですっていったの」
「蘭、そんなこと言ったの?」
梨花が蘭の顔を、今度は少し屈んで正面からじっと見た。
「ダメなの?」
「あ、ううん、ダメじゃない。うん、ダメではないけれど、でも……」
「先生さあ、すごーいしつこいの。はなよめさんは? お花屋さんは? なにかなりたいものないのって、何回も何回もきくの」
「それでどうしたの」
「ん、だから、それでいいです、って」
「え……?」
「だから、先生が、これはどうかな、とかいって、それでいいって」
「それって、なに……」
「おぼえてない」
隆之が声をあげて笑ったら、梨花に睨みつけられた。
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