一年前:11月7日(日)

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「仕事と子どもは違う」 「子どもを育てるのも、人として立派な仕事だと思うけど」 「屁理屈だな……。夜は? お母さんと食事してくるのか」 「ううん、お茶くらいは一緒にするだろうけど、夕方には帰ってくる。明日、学校があるし、わたしも、パート」  ふっ、と鼻から笑いが洩れたのは、『仕事』じゃなくて『パート』と言うなんて、よくわかっているじゃないかと思ったからだ。 「じゃあ、夕飯は俺が何か買ってきてやろう。デパ地下で豪華な惣菜」  スマホを手に立ちあがった。雪絵のところに行くのなら、ヒゲを当たるくらいはしておきたい。シャワーは向こうでいいだろう。  航を床に降ろして顔をあげた梨花は隆之をじっと見つめ、何か言いたそうに息を吸った。  だが、「そう……。じゃあ、お願い」とだけ言うと、くるりと背を向けて出かける準備を再開した。  雪絵のところで昼食を摂ることになった。電話での打ち合わせは短い。 『何か作ろうか?』 「いや、デリバリーでいい。そっちに着いてから決めよう」 『わかった。今、スーパーで買い物中だから、そうね、1時間後くらいにしてもらえます?』 「了解」  梨花と子どもたちが出かけたあと、ひとりになったリビングでコーヒーを飲みながら面白くもないテレビを観て、昼前まで待って架電した。雪絵も休みのはずだ。ゆっくり寝ているのなら邪魔したくなかった。  そういえば、もう3年近くになるのか、と玄関で靴を履きながら振り返った。  そうか、それで、だったのか、と外廊下を歩いているあいだに下卑た笑いが込み上げてきた。
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