一年前:11月7日(日)

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 2週間ほど前、梨花が珍しく誘いをかけてきた。いや、珍しいどころか、初めてかもしれない。航が産まれるより以前からだから、すでに記憶も曖昧だ。  少々手厳しく拒否してしまったが、それもしかたない。あの日は久しぶりに雪絵の部屋で昼間からのんびり過ごし、2ラウンドも消化してしまった。精も魂も尽き果ててたんだよ、梨花さん、と決して口にはできない言いわけを胸につぶやいた。  あの時、こっぴどく拒否ったからかな、と考えながら駅へと向かった。どうも最近、理屈が多い。今日もそうだった。だが、どうってことのない、屁理屈に近い理論だ。拒絶された腹いせってところか。  ヒステリーにまで発展するようになれば、それから対策を練ろう。それでも遅くない。駅構内にある小さなショッピング街の書店で時間をつぶしているあいだに、そんな逃避という名の無責任な結論にたどり着き、頭のなかを梨花から雪絵へと切り換えた。  小向井(こむかい)雪絵は、五つに分かれている営業部のうちの営業3課に勤務する派遣社員だ。隆之が課長を務めているのはその隣、営業4課だ。2年半前、雪絵がNK造船に来て2ヶ月と経たないうちに、隆之と雪絵は男女の関係になった。  3課と4課は担当する船の種類は違うが、当然重複する仕事もある。雪絵が資料を持って4課にやってきて視線を交わした瞬間、お互いに相通じるものを感じた。恋愛感情というより、恋愛についての価値観が合致したという印象だった。そして、相性もよかった。  初対面から数週間後、隆之が飲みに誘い、その夜、ひとり暮らしをする雪絵の部屋で数時間を過ごした。それ以来、月に何度か通いはするが、泊まりはしない。
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