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その点では隆之は慎重だった。最初の夜を除けば、外でふたりで食事をすることも飲みに行くこともない。もちろん買い物にも出ない。ふたりきりになるのは雪絵の部屋のなかだけだ。言葉で確認したことはないが、雪絵もこれが限定された空間内のみの関係だと理解していると、隆之は信じていた。
もとより、隆之に家庭を壊すつもりはない。向こうはどう思っているか知らないが、梨花も子どもたちも大切だ。だから雪絵の部屋を訪ねる時も、隆之は結婚指輪をはずさない。それが雪絵に対する隆之の意思表示のつもりでもあった。
雪絵はもうすぐ28歳になる。大学卒業後、最初に就職したのが広告代理店で、そこでデザインの技術を身につけた。だから派遣会社にも自分のスキルを活かせる広告系企業の希望を伝えていた。造船の営業とは真逆といえるだろう。
勤めはじめた当初は、1年で辞めて、別の会社を紹介してもらうつもりだったと語っていた。それが今年で3年めになる。雪絵が登録している派遣会社の方針として、3年以上は同じ企業で勤務しないことになっているらしい。法律上は5年だから、派遣先の企業が望めば延長も可能だが、特殊技能が必要とされている場合以外はむつかしいようだ。
雪絵の能力は別の業種で発揮されるべきものだ。来年の春以降、雪絵はどこかよその企業で働き、そこでまた価値観と相性のいいやつを見つけたりするのかもしれない。隆之はそう思っている。
最初に就職した広告代理店を辞めた理由を、本人の口から聞いたことはない。だが、おそらくそういった『人間関係』が原因、とまではいかなくとも、遠因くらいにはなっていたのではないかというのが隆之の想像だ。下心のある男を惹き寄せる、蜜の匂いのする女だから。
雪絵の住むマンションまでは、電車で乗り換えを含んで30分強。家族にも近所の人にもバレにくい適度な距離だ。そこも都合よかった。
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