一年前:11月7日(日)

11/11
前へ
/252ページ
次へ
 いや、蘭は利発な子だから、きっといつまでも覚えている。でも、もう少し大人になれば、そういう父親の心情が理解できるようになるはずだと、隆之は期待することにした。  3時間ほどを雪絵の部屋で過ごし、隆之は都心のデパートの地下で有名フレンチの惣菜を買い込み、梨花たちより先に帰宅した。  テーブルの上のプラスチックの皿に並んだ色とりどりのオードブルを見た梨花は、一瞬残念そうな顔をし、それでも気を取り直したように顔をあげて、ありがとう、と微笑んだ。 「発表会はどうだった。航もおとなしく聴いてたか?」  椅子に座りながら蘭を覗き込んで訊いてみたが、娘は父親の顔を見ようともしない。  代わりに梨花が応えた。 「ちゃんと止まらずに弾けたわよね。航は、おばあちゃんの膝の上でずっと寝てたけど」 「寝てたんなら、騒ぐよりいい。ほら、これ、このサーモンに乗っかってる黒いつぶつぶ、キャビアってんだぞ。高いんだからな」  手を洗い、着替えをすませた梨花がオードブルの盛り合わせの横に並べたのは、やはりデパ地下で調達したらしい唐揚げにマカロニサラダ、そして寿司。  それを見た途端、姉弟がそろってサーモンの寿司に手を伸ばす。 「おいおい、こっちのサーモンのほうが上等なんだぞ。そんな安物の寿司なんかの前に、このいいやつ食えよ」 「ハナクソ」  見ると、片手にサーモンの寿司を握りしめた航が、空いたほうの手でマリネに乗ったキャビアをつついて笑っていた。 「ちょっと早すぎたみたいね」  面白そうに笑う梨花が目の前にそろえてくれた自分の箸で、隆之はキャビアとケッパーで飾られたサーモンのマリネをつかんで口に放り込んだ。
/252ページ

最初のコメントを投稿しよう!

834人が本棚に入れています
本棚に追加