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いや、蘭は利発な子だから、きっといつまでも覚えている。でも、もう少し大人になれば、そういう父親の心情が理解できるようになるはずだと、隆之は期待することにした。
3時間ほどを雪絵の部屋で過ごし、隆之は都心のデパートの地下で有名フレンチの惣菜を買い込み、梨花たちより先に帰宅した。
テーブルの上のプラスチックの皿に並んだ色とりどりのオードブルを見た梨花は、一瞬残念そうな顔をし、それでも気を取り直したように顔をあげて、ありがとう、と微笑んだ。
「発表会はどうだった。航もおとなしく聴いてたか?」
椅子に座りながら蘭を覗き込んで訊いてみたが、娘は父親の顔を見ようともしない。
代わりに梨花が応えた。
「ちゃんと止まらずに弾けたわよね。航は、おばあちゃんの膝の上でずっと寝てたけど」
「寝てたんなら、騒ぐよりいい。ほら、これ、このサーモンに乗っかってる黒いつぶつぶ、キャビアってんだぞ。高いんだからな」
手を洗い、着替えをすませた梨花がオードブルの盛り合わせの横に並べたのは、やはりデパ地下で調達したらしい唐揚げにマカロニサラダ、そして寿司。
それを見た途端、姉弟がそろってサーモンの寿司に手を伸ばす。
「おいおい、こっちのサーモンのほうが上等なんだぞ。そんな安物の寿司なんかの前に、このいいやつ食えよ」
「ハナクソ」
見ると、片手にサーモンの寿司を握りしめた航が、空いたほうの手でマリネに乗ったキャビアをつついて笑っていた。
「ちょっと早すぎたみたいね」
面白そうに笑う梨花が目の前にそろえてくれた自分の箸で、隆之はキャビアとケッパーで飾られたサーモンのマリネをつかんで口に放り込んだ。
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