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「松尾とさ、子どもの習い事の話になった……」
「へえ。あちらのお子さんは?」
「スイミングだって。漁師の孫が泳げなきゃシャレになんない、って、おじいさんがさ……。送り迎えもしてくれるんだと」
「下のお子さんも?」
「そう。腕にちっこい浮き輪つけて、ばしゃばしゃやるんだって。ああ、松尾、喜んでたわ、さすが東京のお菓子って。ふっ、今時、ネットでどこでも買えるのにな。ああ、また何か送ってくれるかな。できれば奥さんのご両親も食べられそうなやつ」
「またごちそうになった?」
「週に1回は、来い来い、って、うるさい。ま、気を遣ってくれてるんだろうけどさ、刺身、うまいし」
「自分の子どもより先に松尾さんのお子さんたちと仲よくなっちゃったりして」
イヤミが返ってくるかな、という怖さも梨花にはあった。だが、なるべく皮肉っぽくならないように気をつけた。わたしが松尾家の子どもたちに嫉妬しているのかもしれないと思いながら。
予想に反して、しばらく考え込んでいた隆之が口を開いた。
「今は……、そうかもしれない。蘭は相変わらずだし、航には、日に一回は泣かれるし」
「顔を見る時間が短いから……、どうしようもないわ」
うん、と気配だけの返事をして、グラスを持って立ちあがった。
もう寝るのだろうかと梨花も立とうと思ったら、隆之はキッチンに入って冷蔵庫の製氷室を開けている。
「まだ飲むの?」
「あと1杯だけ」
隆之は酒に強いようだが、泥酔した姿を梨花は見たことがない。自制が効いていたのだろうと思う。仕事があるから。そして、女も、たぶん。でもそれは過去の話だ。今はどうなのだろう。制御する役割を果たすものがなくなった今は。
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