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「あなたさ、飲み過ぎてない、向こうで」
ひとりになった寂しさを紛らすため。そんな行為は隆之には似合わないとは思うが、これはそういう問題ではない。
「いや、飲んでないよ。松尾のところに行った時くらいだな、ぐいぐいやるのは。居酒屋で晩メシ食う時には、まあ、ビール1杯だな」
ふっ、と梨花の口から笑いが洩れた。
「珍しい……」
何が、と訊いて、隆之がグラスを手にソファに戻る。
寛いだ姿勢で深く身を沈めるが、表情は厳しい。「俺の何が珍しいって」
「あなたがひとりの人のことをこんなにしゃべるのは初めてだなと思って」
ゆっくりとグラスに口をつけ、「松尾のこと……?」と顔を歪める。
炭酸がきつかったのか、ウィスキーが濃すぎたのか。でも梨花には、隆之が小芝居を打っているようにも見えた。からかわれたと感じたのだろうか。
「松尾さんのことが、好きみたい」
「はあ?」と、目をむいて梨花を見た。「なんだ、それ。BLか」
「わたしね、あなたは誰のことも好きにならない人だと思ってた」
驚きから疑問へと、顔が変化する。こんなに表情の豊かな人だっただろうかと、梨花は新鮮な思いがした。長崎へ行ってしがらみが消え、感情を表に出すようになったのか。たった1ヶ月で。それとも、ただわたしが見ていなかっただけなのか。現実から目を背けていたのはわたしの過去の過ちだが、それに加えて目の前の人の表情も読もうとしていなかったのか。それが過去のわたしだったのか。
「どういう意味だ」
また苦そうな顔でハイボールをひと口含み、サイドテーブルに置く。
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