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「え……」
「そういう意味じゃなくて、よく……、よく、そんなひどい男と結婚したな、って……」
「あ、ああ……、あの頃は『好き』と『憧れ』の区別がついてなかったから」
「憧れ……?」
ようやく顔をあげ、梨花のいるほうを見る。でもやっぱりなんとなく目の焦点が合っていないように見える。
梨花が、ふっと柔らかく笑った。
「そう。わたしね、自分が男だったら、あなたみたいに生きたいと思ってたのよ、きっと」
「俺、みたい……?」
「地方から東京の一流大学に入って、斜陽産業なんてけなされてても、自分が好きだった船を造る会社に入って、営業でバリバリやって、最年少だか二番めだかで課長に昇進して、デキるやつってみんなから言われて……。ついでに女にもモテて、って、そういう生き方にね、憧れてたんだと思う。だから……、人として好きとか、そういうことより……ね……」
隆之が、ふっ、とグラスに向かって自嘲の笑みを洩らす。
「アイドル、になった気分だ……」
「まさに、そう……。だから、わたしもたぶん、覚悟が足りなかったんだと思う」
「覚悟……?」
「うん……。生身のあなたと向き合う覚悟……。でもね、でも子どもたちは違う。あの子たちはあなたの娘と息子。ふたりを見て、興味を持ってくれたら、そしたらきっと今よりずっと好きになれる。好きレベルを、せめて10くらいにまでは上げてやってほしい。松尾さんのところの子どもたちよりずっと好きだって言ってほしい。子どもたちに、パパを好きになれって強要することはできないから、だから、あなたのほうから……」
手元をぼんやり眺め、ハイボールをひと口、を何度か繰り返す。
あまりしつこく言うと逆効果になるかもしれないと、梨花が反省しはじめた頃、「子どもは正直だから」と隆之がつぶやいた。
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