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第16話 初夜勤
それからしばらくは、大谷が光のことを『光さん』と呼ぶようになった以外に変わったことは何もなかった。光と大谷は表面上は普通に接しており、二人きりになると少しソワソワしたが、どちらかがあの日のことを蒸し返して話すこともなかった。
「三澄君、申し送りのあとちょっといい?」
師長がまた光に話があると声を掛けてきたのは、十二月の半ばだった。
「な、なんでしょう?」
「24日の夜勤なんだけど、小泉さんが急な用事が出来て入るのが難しいってことだから、代わりに入って欲しいの」
「えっ?」
夜勤。もういつ頼まれても出来るだろうと思っていたが、実際に頼まれると一気に胸に不安が暗雲のように押し寄せてくる。
「それとその日は大谷君も夜勤に付けるから、よろしくね」
「えっ!?」
「大谷君の同期の子達はもうみんな夜勤業務に入ってるから、大谷君もそろそろ付けなきゃって思ってたのよ」
「あの、ちなみに介護士さんはどなたが?」
「青木君と大森さんよ」
青木は新人ではないがまだ若く、少しいい加減で不安なところがある。大森はベテランの介護士なので、光はあからさまにホッとした。
「もちろん、この病棟での夜勤経験のない貴方にいきなり24日に大谷君と入ってもらうのは無理だから、練習として明日小泉さんと夜勤に入ってくれる? 全体の流れを教えてもらってちょうだい」
「ちょ、ちょっと待ってください。つまり俺は明日小泉さんと夜勤に入ったあと、24日の夜勤で大谷さんと入る……ってことですか?」
「ええそうよ。うちは療養だし、貴方は4年生だからそんなに難しいことでもないかな~と思って。日勤業務は完璧だしね」
「……」
そんなふうに言われたら、光は絶対に断れない。大谷のプリセプターを頼まれた時もそうだが、師長はつくづく自分をその気にさせるのが上手い。
(いや、信頼されているんだ。こんな俺でも)
光はぐっと拳を握りしめて、師長の目を真っ直ぐに見て返事をした。
「分かりました」
「あ、二十四日は私も夜間当直でいるから、何かあったらすぐ連絡してくれていいわよ」
「……それを先に言ってください」
「うふっ」
*
小泉と一緒に入った初夜勤は、結果として何も起こらなかった。患者のことも勿論だが、光が過呼吸を起こして小泉や他のスタッフに迷惑を掛けることはなかった。
普段は三人体制だが、この日は光を入れて四人だったので人手も十分すぎるほどあり、軽くお喋りなどをしつつ、楽しい夜勤だった。
そんなふうに穏やかな気持ちで夜勤が出来たのは、信頼している元プリセプターの小泉と一緒だったからというのも大きいだろう。
そして今日は光にとっては二度目、大谷にとっては初めての夜勤だ。夕方、ロッカー室で会った大谷は緊張で少し顔がこわばっていた。
「大谷さん、俺が言うのもアレですけどそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。今日も四人だから、ちょっと余裕あると思います」
「は、はい。よろしくお願いします、光さん」
大谷は今日光と夜勤に入ったあと、もう一度近いうちに他の先輩看護師と一緒に入り、それ以降は一人夜勤になる予定だ。それは光も同様で、今日大谷と入った以降は看護師一人になる。
「……そういえば今日、クリスマスイブですよね。小泉さんはデートか何かでしょうか」
「さあ……俺もこないだの夜勤で聞いてみたけど、誤魔化されちゃいました」
「光さんも知らないんですか?」
「はい」
大谷は相変わらず、あの日から光のことを『光さん』と呼ぶ。最初はドキドキしておおいに戸惑ったが、今ではすっかり慣れてしまった。
(俺ともっと仲良くなりたいからって言ってたけど、あれから何も変わってない、よな。距離感とか……)
大谷の真意はいまだに分からないが、光は相変わらず大谷をオカズに自慰を続けている。あの日の快感が忘れられなくて、少し物足りないけども。
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