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第4話 よしよし
次の日。今日から光は何をするにもマンツーマンで大谷に指導をすることになる。光は身長167センチと小柄でそのうえ童顔なため、二人が並ぶと見た目的にはどっちが新人なのか分からない。
「なんか兄弟みたいで可愛い~」
「うちの病棟にもやっと癒しの存在ができたわね~」
「俺一人では癒しになれなくてすみませんね」
光は勝手なことを言う先輩スタッフ達に言い返しつつ、病棟業務マニュアルを見ながら大谷に日勤業務の説明を始めた。
「医療的なことは五階に比べるとずっと少ないんで、患者さんの状態とかは徐々に覚えていけばいいと思います。今日の俺達の担当は201号室と202号室で、担当部屋は毎日替わります。今の時間は担当部屋の患者の朝昼の薬の準備をしたり、カルテを見て今日の検査や点滴をチェックします」
「はい」
「薬の場所はここで、あ、物品の場所とかは昨日のオリエンテーションで全部師長に教えてもらったのか。説明省いた方がいいですか?」
光がそう聞いたら、大谷は慌てた様子で言った。
「あっあの、昨日の説明だけだと物品の場所はあまり覚えられなかったので、よかったらまた教えてもらえるとありがたいのですが」
「まあそうですよね。んじゃ、分からないことがあったら何回でも聞いてください。俺だけじゃなくて、誰に聞いても教えてもらえると思います」
「……」
「大谷さん?」
大谷が光の顔を見つめたまま微動だにしなくなったので、光は顔を覗き込むようにしながら大谷の名を呼んだ。
(どうしたんだ? 俺、なんかまずいこと言ったかな)
「あっ、すみません。三澄さんの優しさに感動してました」
「え、優しい?」
光は当たり前のことを言っただけなので、大谷の言葉に眉をひそめた。
「三澄さんだけじゃなくて、皆さん優しいですけど……なんていうか、こんな穏やかな気持ちで病院にいられるの久しぶりです。前の病棟を悪く言うわけじゃないんですけど、一度説明されたことをまた聞いたりしたらひどく怒られていたので。俺、いちおうメモも取るんですけど、なかなか覚えられなくて……」
うつむきながら『本当ダメダメなんです、俺』と苦笑する大谷の姿を見て、光は何を思ったのか、無意識に彼の頭に手を伸ばし――撫でていた。
「よしよし……」
まるで、小さい子供にいいこいいこ、と言い聞かすように。
一瞬、詰所内の時間が止まったようだった。誰も彼もが作業の手を止め、ぽかんとした顔で光と大谷に注目している。
「み、三澄……さん」
「ん? ……うわぁっ! 何やってんだおれ、すいません!! 四つも年上の人になんてことを……!!」
光は本当に無意識にやっていたらしく、ハッと自分が何をやったのかを理解した瞬間、ずざざざざ、と激しく大谷から後ずさった。大谷も顔を真っ赤にして戸惑っている。そんな二人を見て、師長が明るく言った。
「まあまあ二人とも初日から仲良しね、これからもその調子でね」
「いやいや、師長!」
「こんなこと毎日されてたらあたしたちの心臓が持ちませんて!」
「あらあ、いいじゃないの~」
何か言ってる外野を無視し、光は大谷に謝りまくった。
「本当にすみません、無意識で! いや無意識とかヤバいな俺……でも、その、ナメてるとか絶対そんなんじゃなくて! 身体が勝手に!!」
「……三澄さん」
「は、はいっ!」
光は、大谷が本当は怖い人だったらどうしよう、人がおとなしくしてたら付け上がりやがって、みたいなことを言われるかもしれないと覚悟した。そのくらいのことをしてしまった自覚はある。
「俺、嬉しかったです。頭撫でられるのなんていつぶりだろう……でもちょっと恥ずかしいので、人前では勘弁してください」
「ですよね! 本当にすみません!」
「人前じゃなかったら、またいつでもよしよししてください」
「……は?」
「嬉しかったので」
(え……何言ってるかよく分からないけど、とりあえず怒ってはいない……のか?)
「わ、かりました」
怒鳴られたりしなかったことに心から安堵した光は、なんだかよく分からないまま頷いていた。
周囲から『いやまたするんかい!!』と総ツッコミをくらっていたが、大谷の嬉しそうな顔に見惚れていて、それも聞いていなかった。
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