偽り

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偽り

「おーい、桜花(おうか)っー?」  台所ののれんから顔を出し、女将は私を呼んだ。 「どうしたんでありんすか? 女将さんたら」 「贈り物が届いているよ、例の公子様からだよ」 「まあ、澪様から⁉」  女将から手渡されたのは、有名なお菓子だった。 「これって、、有名なお菓子屋の……」 「良かったねえ。公子様から贈り物が送られるなんて」 「ええ、女将さん」 「もしかしたら、身請け話も来るんじゃないかい?」 「そんな。わっちに身請け話だなんて、まして公家でありんすよ?」  そう言いつつ、内心ではニヤニヤしていた。 (本当に身請け話が来て、公家へ身請けしたら最高ね。花魁でもありんせんのに、こんなことが起こるなんて) 「すみません」 「まあ、おいでなんし」  遠くから澪様と女将の声が聴こえる。  他の遊女に取られる前に…… 「誰をお呼びでありんすか?」 「えっと……」 「澪様っ!!」 「…………桜花(おうか)」 「ねえ、お時間ありまして? もしようござりんしたら、近うの小川まで行きんしょうえ。お客はござりんせんし、ね?」  上目遣いをし、澪様の気を引いているとが聴こえた。 「――澪様っ」  低めの色気のある声。(うらら)花魁だ。 「(うらら)……」 「――良うござりんしたわね。幸せそうで。応援してたというのに、まさか裏切るなんて」  色々な感情が混ざった瞳で見つめられ、固まってしまった。 「う、裏切るって!! 酷うござりんすわ、花魁!! わっちはっ……」 「もう聞きとうありんせんわ。出かけてきなんし。あちきには、お客もいるんだし」 「(うらら)花魁っ!!」 「ううっ……花魁……酷うござりんすわ……」  わざと泣いて、周囲の目を引いてみた。 「桜花(おうか)……」 「わちきと年も変わらねえのに、いいわね。お幸せにおなりなんし」 「花魁……」  嘘だらけの演技を続ける。 「さ、小川へいってらっしゃい。朝顔、夕顔、行きんすえ」 「はい、花魁」 「――怖うござりんしたね、ごめんね。忘れてちょうだい、さっきのことは」  そう促し、花魁は消えて行った。 「…………」 「気にしねえでおくんなんし。さ、小川へ」 「――ええ」  そうして、2人は夜の小川へと歩き出した。  夜の花街は、頭が回るほど光が溢れており、暗い場所を探す方が難しかった。  こんな明るい場所では話せない、と桜花(おうか)はあえて暗い小川へ連れ出したのだ。 「澪様は……愛している方はおられんすか?」  ゆっくり首を傾げ、聞く。  雰囲気は最高、これなら思い通りになるかもしれない。 「ええ、いますよ。優美で、麗しい姿をする女性で。どちらかと言えば、美人ですね。可愛らしい女性ではありません」  最後の言葉を聞いて、思わず声が出た。 「え?」  桜花(おうか)は可愛らしいとよく言われる。そして、澪もそう褒めてくれた。『可愛らしい遊女だ』と。 (じゃあ……愛している女性は違う人?) 「そ、そうなんでありんすね……羨ましいわ。その女性が」 「…………」 「どうしたいと……思っておられんすの?」 「いずれは、婚約し、結婚したいですね。私の願望ですから、相手がどう思っているかは分かりませんが……」  淡々と語っていく澪の姿を見て、頭が追い付かなかった。 (どういうこと? 私じゃなかったの? いつも話してくれて、贈り物までくれたのに……) 「桜花(おうか)?」  名前を呼ばれて、我に返る。 「あ。もう少し、歩きんしょう」 (ということは、もう私とは逢わないということ。澪様が愛している方は……(うらら)花魁だった)  でも、、自分のことを一番に愛していないことは心の奥底で思ってた。  これは社交辞令であり、客として愛してくれている。人として、女性としては愛していないことは分かっていた。  でもその気持ちを押し潰すかのように、桜花は自分に嘘をついた。  これは偽りだらけで作った愛は、決して届くことなく、静かに終わりを迎えていた。  
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