偽り

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

偽り

「おーい、桜花(おうか)っー?」  台所ののれんから顔を出し、女将は私を呼んだ。 「どうしたんでありんすか? 女将さんたら」 「贈り物が届いているよ、例の公子様からだよ」 「まあ、澪様から⁉」  女将から手渡されたのは、有名なお菓子だった。 「これって、、有名なお菓子屋の……」 「良かったねえ。公子様から贈り物が送られるなんて」 「ええ、女将さん」 「もしかしたら、身請け話も来るんじゃないかい?」 「そんな。わっちに身請け話だなんて、まして公家でありんすよ?」  そう言いつつ、内心ではニヤニヤしていた。 (本当に身請け話が来て、公家へ身請けしたら最高ね。花魁でもありんせんのに、こんなことが起こるなんて) 「すみません」 「まあ、おいでなんし」  遠くから澪様と女将の声が聴こえる。  他の遊女に取られる前に…… 「誰をお呼びでありんすか?」 「えっと……」 「澪様っ!!」 「…………桜花(おうか)」 「ねえ、お時間ありまして? もしようござりんしたら、近うの小川まで行きんしょうえ。お客はござりんせんし、ね?」  上目遣いをし、澪様の気を引いているとが聴こえた。 「――澪様っ」  低めの色気のある声。(うらら)花魁だ。 「(うらら)……」 「――良うござりんしたわね。幸せそうで。応援してたというのに、まさか裏切るなんて」  色々な感情が混ざった瞳で見つめられ、固まってしまった。 「う、裏切るって!! 酷うござりんすわ、花魁!! わっちはっ……」 「もう聞きとうありんせんわ。出かけてきなんし。あちきには、お客もいるんだし」 「(うらら)花魁っ!!」 「ううっ……花魁……酷うござりんすわ……」  わざと泣いて、周囲の目を引いてみた。 「桜花(おうか)……」 「わちきと年も変わらねえのに、いいわね。お幸せにおなりなんし」 「花魁……」  嘘だらけの演技を続ける。 「さ、小川へいってらっしゃい。朝顔、夕顔、行きんすえ」 「はい、花魁」 「――怖うござりんしたね、ごめんね。忘れてちょうだい、さっきのことは」  そう促し、花魁は消えて行った。 「…………」 「気にしねえでおくんなんし。さ、小川へ」 「――ええ」  そうして、2人は夜の小川へと歩き出した。  夜の花街は、頭が回るほど光が溢れており、暗い場所を探す方が難しかった。  こんな明るい場所では話せない、と桜花(おうか)はあえて暗い小川へ連れ出したのだ。 「澪様は……愛している方はおられんすか?」  ゆっくり首を傾げ、聞く。  雰囲気は最高、これなら思い通りになるかもしれない。 「ええ、いますよ。優美で、麗しい姿をする女性で。どちらかと言えば、美人ですね。可愛らしい女性ではありません」  最後の言葉を聞いて、思わず声が出た。 「え?」  桜花(おうか)は可愛らしいとよく言われる。そして、澪もそう褒めてくれた。『可愛らしい遊女だ』と。 (じゃあ……愛している女性は違う人?) 「そ、そうなんでありんすね……羨ましいわ。その女性が」 「…………」 「どうしたいと……思っておられんすの?」 「いずれは、婚約し、結婚したいですね。私の願望ですから、相手がどう思っているかは分かりませんが……」  淡々と語っていく澪の姿を見て、頭が追い付かなかった。 (どういうこと? 私じゃなかったの? いつも話してくれて、贈り物までくれたのに……) 「桜花(おうか)?」  名前を呼ばれて、我に返る。 「あ。もう少し、歩きんしょう」 (ということは、もう私とは逢わないということ。澪様が愛している方は……(うらら)花魁だった)  でも、、自分のことを一番に愛していないことは心の奥底で思ってた。  これは社交辞令であり、客として愛してくれている。人として、女性としては愛していないことは分かっていた。  でもその気持ちを押し潰すかのように、桜花は自分に嘘をついた。  これは偽りだらけで作った愛は、決して届くことなく、静かに終わりを迎えていた。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!