伝えたいこと

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伝えたいこと

「お坊ちゃま、どうなさったんですか? そんな顔をして」  長椅子で(くつろ)ぎながら、毎日のように庭園を見るのが日課だった。 「何もないよ。ただ、庭園を見ているだけ」 「さようでございますか? なら、よろしいのですけど。では、いつも通り、お手紙を読み上げますね」  そう言い、ばあやはモダンな机に置いてある手紙を一つずつ読み始めた。 「一つ目は、舞踏会のお誘いです。 『春風の候、澪様におかれましては益々(ますます)のご清栄(せいえい)のことをお慶び申し上げます。明日、我が邸で開く舞踏会にいらっしゃりませんか? 両親も、周りの友人もそれは楽しみにしております。どうか、いらっしゃってください。お返事お待ちしております』と」 「また、一条院令嬢からか。行かぬことは出来ぬ」 「お嫌いなのですか? ご令嬢を」 「嫌いではない、そして好きでもない。どうでもいいのだ。興味などない」 「そう、吹っ切れたように言われたことが旦那様にバレたら……大変なことになりますよ?」 「だから、顔を出すのだよ」 「さようですね。二つ目は、遊女屋からでございます。 『春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)の候、公子様におかれましては益々のご清栄をお慶び致します。不躾ながら、お会いしたいのですが、明後日(みょうごにち)の夜いつもの場所でお会い出来ますか?』と」 「遊女屋……どこのだ?」 「紅葉賀(もみじのが)屋の、(うらら)花魁からでございます」 「(うらら)花魁⁉」 「はい、さようでございます」 「三つ目は――」 「今日はそこまでで良いっ」 「え? お坊ちゃま??」 「今から用事を済ませてくる。夜には帰ってくるから、両親へ言っといておくれ」 「急でございますよ?」  上等な上着を羽織りながら、答えた。 「あぁ。でも、急がなければ」  そう言い、邸を飛び出し、まずは一条院邸へ向かった。 一条院邸 「おや、これは天宮の公子様!! 突然、どうなさいましたか⁉」  門の前に佇んでいた者に、『令嬢に会いたい』に伝えると、門を開けてくれた。 「どうぞ。今、お嬢様をお呼びいたしますので」 「ありがとうございます」  会釈をし、庭園を少し歩いていると、一条院令嬢の声が聞こえた。 「澪様!!」 「一条院令嬢、ご機嫌よう」 「ご機嫌よう。どうなさいましたの? 突然、お尋ねになんかなさって」 「ご令嬢……もし、愛している方が誰かを心から愛していたら、令嬢はどうします?」 「何です? 突然。――私だったら、御相手のお気持ちを尊重致しますわ。愛している方の幸せが、一番ですもの」 「…………さようでございますか」 「――もしや、澪様っ……」 「申し訳ございません、ご令嬢。私、妻にすると決めた女性がいるのです。失礼極まりないのは承知しております、ですが……」 「顔をお上げくださいまし、澪様」 「…………」 「お幸せを願っております」 「ご令嬢っ……」 「さ、早くその女性の元へ」
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