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番狂わせ
美知子と高柳の付き合いは長い。もちろん恋人としてだ。
高柳はそろそろプロポーズをと考えていた。
折しも季節はバレンタイン。
美知子が今年もチョコを贈ってくれたら、ホワイトデーにプロポーズしよう。
そんな計画をしていた。
ところが最近、美知子の顔つきがパッとしない。
なにか悩み事があるような感じだ。
気になった高柳は、ある日のデート中、市立公園のベンチでひと休みした際に、尋ねてみた。
「なあ。
最近、顔色が冴えないけど、何かあったのか?」
すると美知子は思いもよらないことを言われたかのように、高柳をふり向いた。
そのあと、前に向き直って自分の靴先を見た。高校時代から変わらぬサラサラのロングヘアが、ピンクベージュ色のコートの肩から落ちて、その横顔を隠した。
「ううん、別になにも……。」
「なにもって感じじゃないじゃん。
何か、俺にも言えないこと?」
高柳がマフラーの端を後ろに放り直して身をかがめ、たたみ込むと、美知子はうつむいたまま黙っていた。
それから、ぽつりぽつり言った。
「こないだ、
ショッピングモールに寄って……
チョコ売り場に行って……」
「おっ! もしかしなくても俺の分?」
「ううん、会社で配る分。」
「ガクー!!」
高柳が大げさにガッカリしてみせると、美知子がふふふっと笑った。
だが、その笑顔はすぐに曇った。
目に涙さえ浮かんでいる。
これは只事ではない。
そう思った高柳は、真剣な目で美知子の目を見た。
「言いたいことがあるなら、言ってくれ。
俺は打たれ強いほうだから、大丈夫だ。」
美知子は唇を噛んでまたうつむき、ボロボロと泣き始めた。
「私は、打たれ強くないの。
だから、言えな……訊けない。」
「訊けない?
何を?」
美知子は取り出したハンカチで顔を覆いながら言った。
「高柳は、嫌じゃないの?
毎年毎年、私からバレンタインチョコ贈られるの。
高校生の頃から、もう10回越えるんだよ?
10年も付き合った女なんて、本当はもう飽きて、面倒くさいのが本音なんじゃないの?」
高柳は、しまったと思った。
のんびりし過ぎていたようだ。
高柳は、予定を急きょ繰り上げた。
なんの用意もないが、今言わなければ絶対取り返しのつかないことになる。ぶっつけ本番だ。
「そんなことない。
今回もチョコをもらえたら、ホワイトデーにプロポーズしようと考えてた。」
美知子が泣くのをやめ、ハンカチから顔を上げて高柳をまじまじと見た。
高柳は微笑んだ。
「気をもませてごめん。
これからもよろしく。」
返事はなかった。
ただ、高柳は首に強く抱きつかれていた。
美知子は号泣していた。
返事は泣きやんでからゆっくり聞かせて欲しいと思いながら、高柳は美知子の頭を撫でた。
目の前の噴水池の鴨たちが、モブに徹するかのようにゆっくり泳いでいた。
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