番狂わせ

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

番狂わせ

 美知子(みちこ)高柳(たかや)の付き合いは長い。もちろん恋人としてだ。  高柳はそろそろプロポーズをと考えていた。  折しも季節はバレンタイン。  美知子が今年もチョコを贈ってくれたら、ホワイトデーにプロポーズしよう。  そんな計画をしていた。  ところが最近、美知子の顔つきがパッとしない。  なにか悩み事があるような感じだ。  気になった高柳は、ある日のデート中、市立公園のベンチでひと休みした際に、尋ねてみた。 「なあ。  最近、顔色が冴えないけど、何かあったのか?」  すると美知子は思いもよらないことを言われたかのように、高柳をふり向いた。  そのあと、前に向き直って自分の靴先を見た。高校時代から変わらぬサラサラのロングヘアが、ピンクベージュ色のコートの肩から落ちて、その横顔を隠した。 「ううん、別になにも……。」 「なにもって感じじゃないじゃん。  何か、俺にも言えないこと?」  高柳がマフラーの端を後ろに放り直して身をかがめ、たたみ込むと、美知子はうつむいたまま黙っていた。  それから、ぽつりぽつり言った。 「こないだ、  ショッピングモールに寄って……  チョコ売り場に行って……」 「おっ! もしかしなくても俺の分?」 「ううん、会社で配る分。」 「ガクー!!」  高柳が大げさにガッカリしてみせると、美知子がふふふっと笑った。  だが、その笑顔はすぐに曇った。  目に涙さえ浮かんでいる。  これは只事ではない。  そう思った高柳は、真剣な目で美知子の目を見た。 「言いたいことがあるなら、言ってくれ。  俺は打たれ強いほうだから、大丈夫だ。」  美知子は唇を噛んでまたうつむき、ボロボロと泣き始めた。 「私は、打たれ強くないの。  だから、言えな……訊けない。」 「訊けない?  何を?」  美知子は取り出したハンカチで顔を覆いながら言った。 「高柳は、嫌じゃないの?  毎年毎年、私からバレンタインチョコ贈られるの。  高校生の頃から、もう10回越えるんだよ?  10年も付き合った女なんて、本当はもう飽きて、面倒くさいのが本音なんじゃないの?」  高柳は、しまったと思った。  のんびりし過ぎていたようだ。  高柳は、予定を急きょ繰り上げた。  なんの用意もないが、今言わなければ絶対取り返しのつかないことになる。ぶっつけ本番だ。 「そんなことない。  今回もチョコをもらえたら、ホワイトデーにプロポーズしようと考えてた。」  美知子が泣くのをやめ、ハンカチから顔を上げて高柳をまじまじと見た。  高柳は微笑んだ。 「気をもませてごめん。  これからもよろしく。」  返事はなかった。  ただ、高柳は首に強く抱きつかれていた。  美知子は号泣していた。  返事は泣きやんでからゆっくり聞かせて欲しいと思いながら、高柳は美知子の頭を撫でた。  目の前の噴水池の鴨たちが、モブに徹するかのようにゆっくり泳いでいた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!