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5. 約束
ハッとして、目が覚めた。ソファに座る私の隣に、佐藤さんはいなかった。トイレだろうか?
「佐藤さん? 佐藤さん?」
返事はない。
ふとソファの佐藤さんが座っていたところに、何か小さな茶色いものが落ちているのに気づいた。
(えっ……?)
そっと手に取ってみる。
(蝉?)
それは蝉の抜け殻だった。
キッチンやトイレ、二階まですべての部屋を探したが、佐藤さんはいない。
玄関に佐藤さんが脱いだはずの靴はなく、キッチンで洗って乾かしていたデパ地下のお弁当の空容器も見当たらなかった。でも、リビングのテーブルには、佐藤さんが読んでいた雑誌が開いたまま置いてある。
その夜遅くに父が帰宅した。早めに問題が解決して帰ってこられたらしい。
「お父さんが佐藤さんに連絡してくれたんだよね?」
私が聞くと、「佐藤さん? 誰?」と父が言う。
「え? 佐藤花子さん。お付き合いしてるんじゃないの?」
「何、馬鹿なこと言ってるんだ。お父さんはお母さん一筋、彼女なんていないぞ」と父は笑う。
そんなはずはない、何度も遊びに来たじゃないと言うと、父は笑って「夢でも見たんじゃないか?」と相手にしてくれない。
じゃあ、あの人はいったい誰だったの?
あの日を境に、日傘の女性は私の前に現れなくなり、蝉が急に鳴き止むこともなくなった。
そして、佐藤さんの存在自体が、あの女性とともに消えてしまった。
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