勇者は空想で笑う

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
僕の世界はもうすぐ壊れる。 世界にまともな人間はいない。 屍になった人間たちが俺の世界を食い荒らしていく。 自分の部屋の窓から外を見ると、ぼつぼつと黒い雨が窓ガラスをノックするように叩きながらにへばりついていく。 ユウヤは部屋の隅でうずくまり些細な音も聞き入れないように、と耳を押しつぶす勢いで塞いでいた。 Tシャツにジーンズと高校生のそれ相応の恰好をしていたユウヤ。 この世界には平日だから学生服を着なければならないなんて決まりはもう存在しない。 普通が意味をなさなくなった。 ユウヤの様子を伺うようにして窓に張り付く雨。重力に従い窓を伝って下に流れ落ちていくがそれが赤い帯を引いて伸びて行く。 今の時代、よく見るテンプレのような普通の一軒家であるユウヤの家を中心に住宅街の所々に無造作に生えでたように西洋風の街が広がっており、地上は青空を映すガラスの破片が地上を覆い尽くす程に散らばっている。 空は外から石を投げられたガラス窓のように穴が空いており、そこから真っ黒な空間が見え、そこから頭に仮面をつけた黒い人型の生き物が空いた穴を広げる勢いで湧い出ている。 中には割れて鋭利に尖った空に噛みつき、口から血を流しているものもいる。 この生き物が空を割っているのだ。 この世界もろとも食べられる、あの黒い人型に。 ただ、ユウヤにはどうすることもできなかった。 彼は普通の人間。何か武器が使えるわけでもない、非日常の生き物を倒すための力も何もない。 こうして、ずっと部屋でうずくまり、目を閉じて開こうとするたびにこれが夢でありますようにと願うことしかできない。 ごごご、と大地を揺らすような地響きがなる。 バリンと繊細かつ轟音が響くと同時に外側から打ち破かれたように空が割られガラスの破片状になったものがパラパラと落ちていき、小さいものはそのまま落ち、大きいものは垂直に建物や地上に突き刺さった。 部屋の窓からその光景は見えた。 次は自分の家に落ちてくるかもしれない。 でもどうしたらいい。 どこに逃げたらいい。 家族はどこにもいない。 家族はここにはいない。 一人だ。 地面が揺れた。 ユウヤのいた正面の壁がバリバリと引きはがされる。縁を巨大な黒い手が鷲掴んでおり、そこから空いた壁の穴一面を覆い尽くす程の巨大な仮面が部屋を覗き込む。 空にから湧い出ているあの黒いモンスターだ。 モンスターの仮面は表情も何も読めない見るのも拒むような奇怪な模様をしている。 あまりのおぞましさにユウヤは悲痛な叫びを上げる。 こっちに来るな! だまれ!うるさい!寄るな! 俺が何をしたんだ! 勝手に悪者にするな! 何もしてないのに! モンスターは巨大な黒い手を仮面の前に掲げ両手でパンパンと拍手するように手を叩き始める。ユウヤの家の横にしゃがみこむようにして座り込んでいたモンスターの足元に通常の人間と同じくらいの身長のモンスターが集まりだす。手を叩く音に誘われてやってきたのか、集まってきたモンスターも同じように手を叩き始める。不気味な行動にユウヤは強く、強く目と口と耳を塞いだ。 手を叩く音がうるさい。頭が潰れる。 もう聞きたくない。 助けて。誰か助けて。 「もうやめて、助けて!」 ユウヤは叫んだ。 その直後、手を叩く音が消えた。 突然の静寂。 自分の身体の音が聞こえる。それにそっと被さるように自然の音が指の隙間から流れ込んでくる。 ユウヤにとってはもう違和感すら感じる事だったから、しばらく、なにもかも塞いだままでいた。 「大丈夫?」 誠実そうな爽やかな声がユウヤを呼ぶ。 しばらく自分の声以外に人の声を聞いていなかった。 ユウヤは恐る恐る顔を上げる。 そこには西洋の鎧をまとった青年がいた。青年は心配そうにユウヤの顔を見つめている。 ユウヤはその姿に見覚えがあった。 「モンスターなら大丈夫。俺が倒した」 言いながら安心させようと、青年は優しくユウヤに笑いかける。 「ニア?」 恐る恐るユウヤは言った。 青年は笑う。ニアは彼の名前だ。 彼はユウヤが憧れる人物。 愛刀の剣と得意の魔法でモンスターを倒し、人々を救ってくれる人物。 「あいつらは仮面を剥がせば大人しくなる」ニアは立ち上がると右手に持っていた剣を収め「そうすれば少ししたら消えちゃうのさ」とあっけらかんと言った。 ニアはユウヤのいる世界とは決して交わることのない別の世界にいる人物だ。ユウヤもある事情でニアの事は知っていたが直接会話をするのも会うのもこれが初めてだ。 「どうして、ここにいるの…」 絶対にニアに会えるわけがない。会えるなんて思いもしなかったユウヤ。ここに彼がいる事が信じられず、茫然としている。 「君を助けにきたんだ。遅くなってごめんね」 申し訳なさそうに眉を下げニアは言う。 ユウヤの住む世界が壊れ始めてから地上はあの黒いモンスターでまみれ、人間はユウヤ一人になっていた。助けを求めようとさんざん知ってる所も知らない所も歩きまわったけれど、人間には会えなかった。あの黒い生物に追われてばかりで、ユウヤはいつ自分が食われるかもわからない恐怖の日々を過ごしていた。 安心と嬉しさでユウヤの目から涙が溢れる。 「なんで…?どうして君が来てくれたの…?なんで…?」 嬉しい光景を受け入れられず混乱しているユウヤに、ニアは寄り添い、そっと背中に手を添える。 「誰も、どこにもいないから、どうしたらいいのかわからなくて…。ずっと、わからなくて、」 「俺がいるよ」 今のユウヤにとってはこんなにうれしい言葉はない。 ニアは手を差し出すと、ユウヤはゆっくりその手を握る。 「さあ、ここから出よう」 ニアは一度ユウヤに向けて笑うと手を引き、壊された壁から外に出て家の屋根の上に立った。 「出ようって、どういうこと?」 「この世界は本物じゃない。君はここに来るしか無かっただけなんだ」 「現実じゃないってこと?」 「そう。現実じゃない。だから君はこの世界から出ることができる」 「元の世界に戻れるの?」 「君はずっとそこに住んでいたんだ。戻れるよ」 ニアは空をにらみつける。 「もう、空は見えるかい?」 ニアはユウヤに言う。 「怖い、見たくない、」 ユウヤは俯きぎゅっと目をつぶる。同時に恐怖でニアの手を握りしめる。 「なら、今は無理しなくていいよ」 ニアは優しく言う。 空を見上げなくても、この家に逃げ込むまでさんざん見てきた崩壊していく世界の景色が浮かぶ。部屋にこもっている間に世界が良くなったなんて全く思わない。 「ここから、出られる?」 ユウヤは聞く。 「出る方法は二つ。あの黒い空の向こうは外につながっている。きっと、君が知ってる世界に戻れる一番出口に近い所だ。だけど、直接奴らと対峙しなくちゃいけない。弱点は単純だけど、食われればひとたまりもない」 ニアは少しの間、考えこみ、 「もう一つは俺の住む世界に行く事。でも、これを選ぶと二度と君の知ってる世界には戻れない。かもしれないはない。本当に一度きり。戻れない」 と、説明を続けた。 「…あの空には行きたくない、でも、俺、帰りたい」 言葉に反してユウヤの身体は恐怖で震える。 「壊れるのにまだ時間はある。ゆっくり決めればいいよ」 ニアはユウヤを落ち着かせるように言う。 「そんな、ゆっくりしていいの?」 「大事な決断をするんだ。焦る必要はないさ」 「だめだ、ニアに迷惑がかかる、」 「迷惑なもんか。俺は君に望まれてここに来たんだ。君が助かるまでいつまでもいるよ」 「でも、」 「もう…、心配すんなって」 茶化すようにニアは言う。 そうだった。ニアは剣の強さに一番の自信を持っているんだ。努力で培われた魔法で水や雷を操ることも、空を飛ぶこともできる。彼の強さを一番知っているのは自分なのに。 「そうだったね」 とユウヤは困ったように笑い返した。 「君は俺が守るよ」 ニアは誇らしげに笑った。 パチパチと二人の間に割って入るように乾いた音が入り込む。 ニアとユウヤは屋根から見下ろす。自宅周辺を囲むように黒い生物が二人に向けて手を叩いている。 「嫌だ、やめろよ…」 怯えるユウヤの視線の先は自宅玄関前。そこにあのモンスターの一匹が火をつける。 自宅の玄関に火が着き、それをみた黒い生物はどれに歓喜したように手を叩くのを早める。 ユウヤは後ずさる。 それを見たニアは急いで何やら術式を唱えると歩道一帯に電撃が走り、黒い生物たちのつけていた仮面が吹き飛ぶ。すると生物たちは一瞬で大人しくなり、急いで自分の顔を隠すように手で顔を包み、数体は陽を浴びた雪のように地面に溶けて消えた。 ニアはまた術式を唱えると火の着いた付近に水の輪が現れ、炎を包み込むように消化した。 「大丈夫だよ。この家は君の大切な物、絶対に消しはしない」 少し後ろに下がったユウヤを引き寄せ、ニアは彼の身体を擦る。 「俺が悪いことをしたから、だから、みんな酷いモンスターになったんだ、」 ユウヤは自分を攻めるように言う。 「どういうこと?」 「でも違う、違う。ニア、俺は悪いこともなにもしてないんだ。普通にしてただけ、変わったのはみんなだ、そうだよ、俺は何もしてない、こんな目にあう理由なんてない、」 「…俺は何度も君と世界を救ったけど、世界を壊すのはいつも人間だったよね。君の住む世界自体はユウヤを嫌いだなんて思ってない。そうだね、ユウヤは悪くない」 うつむくユウヤの頭を撫でるニア。 「痛いよね。痛かったよね。あの黒い仮面の奴らは元人間なんだろうけど、何もしてない君を傷つけるなら、それは許せないことだ。ユウヤは怒っていいんだ。その気持ちを自分で殺すのはさっきので最後にしよう」 「ありがとう、ニア」 「どういたしまして」 「久しぶりに元気が出た、気がする」 「何度だって元気にさせるさ」 ニアとユウヤは笑い合う。 ガラスが割られる音。 黒い空全体に響くほどの轟音だ。 二人がいるちょうど真上の空に穴が空き、空の景色を写した破片とともにあのモンスターたち落ちてくる。中にユウヤとニアが手のひらほどの大きさに見えてしまうほど巨大な人型もおり、それは二人の家の前に立ちふさがった。 モンスターは仮面の口を何度もカチカチと音を立てて擦ると火花を散らし、炎を自宅に浴びせた。 「やめろ!」 ニアは剣を抜き、高く跳ね上がると人型が伸ばす手を剣でさばき、術式を唱え電撃を浴びせる。人型は攻撃に逆上したのか、手でニアを払いのける。 ニアはレンガの建物に叩きつけられ、地面に叩きつけられる。それから人型は手を高く上げ家の大半を叩きつぶす。 ユウヤはよろめきながらも崩れる家を離れ、ニアの元に駆け寄る。 「ニア!」 ユウヤが駆け寄り声を掛けるが、ニア倒れたままは返事を返さない。ユウヤは急いで建物の中にニアを引きずり建物の中に入れ、鍵を閉めた。 ユウヤはもう一度ソリュの名前を呼びながら、彼の体を揺らすとニアは苦しそうな声を出しながら辛そうに目を開いた。 良かったとまずは一安心したユウヤ。 「ああ、君にカッコ悪い所を見せてしまったね」 「ううん、そんなことない」 ニアが生きていた。返事を返さなかったとき、死んでしまったと思った。 ユウヤの腕が震える。 それをみたニアはまた心配そうな表情をする。 「怖かったよね。急にあいつらがきたから、」 「ちがう、ニアが生きていたことが嬉しいんだ。これは怖いからじゃないよ」 ユウヤは落ち着かせようと震える腕を擦る。 ニアはゆっくり上体を起こす、がすぐに左腕を痛そうに抑えた。 「けがをしたの」 と慌てるユウヤ。 「大丈夫。魔法が使えるから気にしないで」 「俺に治させてよ」 「詳しいの?」 「わからない、けど、ニアの力になりたい」 「それじゃあ、俺が教えるから、その通りやってくれる?片手だとできないんだ」 「うん。まかせて」 それからユウヤはニアの言うとおりに傷の手当をした。 立ち上がり、腕や身体を軽々と動かすニア。 「ありがとう。すっかり良くなったよ!」 笑うニア。 なぜだかユウヤは硬い笑顔を返した。 「俺のせいだよね、なにもできないから、」 「俺は平気さ、こうしてすぐに傷はなかったことになるし、死んでもすぐにコンティニューすればいい」 「うん、知ってる、知ってるよ。だけど、俺はニアがやられるたびにとても悲しくなるんだ。だからニアが死なないように、いつも、すごくすごく考えるんだ」 「知ってる人が死ぬのが怖い?」 「うん、怖いよ。とても怖い。だから死んで平気なんて言わないで。もう見たくないし。嘘でも、現実でも、俺は人が死ぬのを見たくない」 「わかった、約束する」 「ありがとう」 ニアは立ち上がると再びユウヤの手を引く。二人で建物の外に出た。 「ニア」 「なに?」 「決めた」 「選択、どちらにするか決めたかい?」 ニアは黒く染まりすっかり食い尽くされた空を見た。 「あいつらに俺の家族を殺したんだ」 ユウヤは言う。 「俺はあそこに行くのが怖い。でもあいつらが憎い。俺の家族を殺して、それじゃ物足りなくて俺の家以外も世界もああやって食べて、壊して行くんだ」 「戦うかい?」 「俺、戦う」 「更に傷つくよ?覚悟はできてる?」 「家族殺されたのに、何もしないのは嫌だ。みんなみんな、苦しめばいいのに」 ふつふつとこみ上げる怒りを抑えるようにユウヤの手が震える。ニアは手を離そうとは思わない。離せば握りしめた手で彼は自分の皮膚をに爪を立てて血を流してしまう、そう思わせるほど、彼の手は強く握りしめてきたからだ。 「ニア、俺は自分が嫌い。大好きなニアの前で、なんでこんなこと言ってるんだろう、すごく汚い言葉だ。俺は嫌い、日本語が大嫌い。言葉が嫌い。これを言う自分が嫌い、」 ユウヤは声をつまらせながら言う。 「俺は君がなんと言おうと、君は何も悪く無いと言い続けるよ」 ニアはまたユウヤの頭を撫でる。 「さあ、準備はいいかい」 「うん」 「この剣を使って」ニアは腰に下げていた剣を引き抜き、ユウヤの右手に握らせる。 「右手に力はいらない、左手で握り、振るようにするんだ」 「剣に持ち方があるんだね」 「うん。だけど、戦うとき必要なことは希望を持つことだよ。戦う君の未来は明るくなるだろう」 「希望、」 「俺は魔法で君と一緒に戦う。戦うことを悪い事と思わなくていい。清廉潔白な人間はどこにも居はしないんだから。思い出してよ、俺は与えられた命令で魔王と呼ばれた人間を殺した、この手は汚れている」 「俺は魔王を倒すニアが好きだし、だから、それが好きな俺も汚いんだね」 「戦士と人殺しは同じ。呼び方が違うだけさ」 「ニアと俺は一緒だ」 今一度、二人は固く手を握りしめる。 ニアは術式を唱えるとユウヤと二人を包むように青い光が包み込み、ふわりと地面から足が離れる。 「さあ、行こう!」 ニアは声高らかに言うと、天空に向かって飛び上がった。 猛烈な速さで黒い、仮面をつけた黒の人形でまみれた空に向かっていく。近づいていくとガラスの破片と化した空の破片がポロポロと落ちていく。巨大な人型を中心に小さな人型が群れて集まっている、よく見ると、小さな人型が巨大化した人型に噛みつき、皮膚を食い破っていた。 ニアは術式を唱え、黒い空一面を雷撃で覆った。 ユウヤの視界が一瞬真っ白になったがすぐにまた黒い仮面をつけた人型が群れるように湧い出る。 数体の人型がユウヤたちに向かって落下してきた。ニアはユウヤをぐんと前に引っ張り出す、それに合わせユウヤは剣を思い切り後ろから振り上げ、人型を真っ二つに切り切り裂いた。 まるで空気を切ったような、目に色のついた物体としていてくれないと手応えすら感じない。 剣で何かを刺すのは、もっと重みのある事だと思ってたのに。 こんな不透明な奴らを俺は怖がってたのか。 ユウヤは拍子抜けし、想像と違っていたことに愕然とし、寂しい感情に心臓が塗れた。 「どんどん来るよ」 ニアは叫ぶ。 ユウヤは我に帰り、顔を空に向かって上げた。 ニアは落ちてくる黒い人型を魔法で焼き尽くしていく。長い術式を唱えると、再び空一面を電撃で多いつくした。 しかし、また黒い空に覆われる。 巨大な人型は自分を食らう、小さな人型を手で握りしめ、二人に向かって投げつける。何度も投げつけると人型は二人の体にまとわりつく。 ユウヤは剣を振り回し人型を切り裂くが、数が多く太刀打ちするのは無理だった。 剣を振り回すユウヤの腕を人型が噛みつき、皮膚を噛みちぎった。 すでに体中に人型がわとわりつき、一斉にユウヤの体を食らっていたから痛みを気にする暇はなかった。 むしろ、怒りが増して、ユウヤはすでに感覚のない剣を持った腕を振り回した。 生きてるのか、死んでるのかもわからない奴らなのに、どうして噛み付くときはこんなに痛いんだ。どうして僕が嫌なことを平気でやってのけるんだ。仮面を外せばなにもできなくなる弱い生き物なのに。群れになればこうして強がって襲ってくる。飽きれば力の大きなやつに付きまとって、そいつをみんなでいじめる。 最低だ。 最低だ。 クソ野郎だ 生き物じゃない。 みんな叫ぶな。 話すな。 みんな苦しめ。 みんな消えろ。 僕の前から居なくなれ。 僕の家族を傷つけるな。 ニアを傷つけるな。 ユウヤはニアの体を貪り食らう人型をひたすら剣で切り裂いた。 ニアは小さな声で術式を唱える。 瞬時に二人を襲っていた人型を電撃で消し去る。 ニアの術が解けたのか、二人は地上に向かって落ちていく。 ユウヤは自分の体を見た。 ユウヤは、朝に食パンを食べる。 焼かない、柔らかいパンが好きだ。 それをまずは真ん中の白い部分をくり抜いて、次に端端から食べ、外側をなくして行くように回しながら食べていた。 自分と同じようにボロボロな食パンのような身体になったニアがユウヤの頭を地面の衝撃から守ろうと腕の中に包み込んだ。 パンの食べ方。 お前その食い方やめろよ、とユウヤは5つ上の兄にいつも注意されていた。 ユウヤの兄はしっかりもので、家のことも考え短大に入学し公務員になった。 ユウヤもしっかり勉強するんだぞ、と嫌になるほど3つ上の姉と一緒に父と母に言われていたけれど、兄が姉と僕の学費の事を考えて、行きたかった芸術系大学を諦めたことも知ってたし、そのために勉強もしっかりしたことなかったのに、安定した仕事に付くと決めて、勉強を始めてくれたことも知っていた。 だから、兄と比べられるのは嫌だったけど、兄の事は尊敬していた。 自分も、こんなふうに父と母を支える人になりたいと思っていた。 ユウヤの視界いっぱいに真っ暗になった空が見える。 変わらず破片は雨のように降っている。 地上はかわらず崩れていく。 ユウヤ見下ろすように、先程のボロボロの姿じゃない元通りに戻ったニアがいる。 いつもの彼だ。 「ニア、無事だったんだね」と安心したユウヤ、弱弱しく言う。 「思い出して。俺はコンティニューすれば元に戻れる。なかったことにできるんだ」 「そうだ、ニアは負けても何度でも魔王に立ち向かうんだ」 「俺には、君みたいに命の限度が存在しないからだよ。何度でも繰り返し、元に戻ることができる。でも君は違う」 ユウヤの身体は質量を失い、首下に破れたボロ雑巾のようになった皮膚だけがつながっている姿だ。 「こうして、戦えば、傷ついてボロボロになって、治るのに時間がかかってしまう」 「戦わないと、いけないって思ってる。俺が戦わないと家族が死んだ理由が無くなっちゃうから。本当は戦いたかったから、ニアを呼んだんだ。助けてほしかったんじゃない、俺はどうでもいい。めちゃくちゃになっていいから、あいつらと戦って、家族を元に戻したかった」 ニアはゆっくり首を横に振りながら言う。 「十分戦ったよ。今は休もう、これ以上は消えてしまうから」 ニアは地面に膝を着いて座ると、膝の上にユウヤの頭をそっと乗せる。 「ニアの世界に行けば、こんな痛い思いしなかったのかな」 「思い出して。俺の世界は存在してないよ」 「ならどうしてニアはいるの」 「俺は君の思い出。ずっと近くにいた思い出。この言葉を覚えてる?···さあ、ロネリ、一緒に魔王を倒しに行こう」 ロネリ。 知っている。 ロネリはニアの相棒。無実の罪で追われ、誰にも理解されず一人で旅をしていた彼を相棒として受け入れたのはニアだった。 そして、二人は新たな仲間を次々に迎え入れて、世界の平和を取り戻すために魔王を倒しに行く。それが彼らの物語。 ニアが主人公の物語。 ニアが主役のゲームの物語。 ユウヤが大好きなゲームソフトの話。 俺はロネリが羨ましかった。 ロネリのそばに居てくれるニアが好きだった。 一人ぼっちのロネリを救い出してくれたニアが好きだった。 ロネリになりたかった。 ニアに助けてもらいたかった。 ある理由で極度に人を恐れるようになってしまったユウヤは自分の部屋から出ることもなく、あくる日もニアが主人公のゲームを操作することになってしまった。 「休むよ。ニア。俺の話聞いてくれる?」 「うん。聞くよ」 ニアは優しく微笑んだ。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!