31人が本棚に入れています
本棚に追加
雪乃はもう天に昇っている。
いや、おそらくあの場にいた全ての人が。
「フィフ」
振り向くと博士がいた。
昔のイヌイットのような服装。顔周りまで毛皮で覆われている。
「考え事かい?」
頷くと、博士は無言で続きを促す。
「今回初めて人と話して、他にいくらでもやりようはあったのに、僕は雪乃の気持ちを尊重したくなった。
僕の言葉で彼女の反応がころころ変わって、『この子には幸せになってもらいたいな』って初めての感情を抱いた。
これが人と関わるってことなんだね。
時空移動をする前は、ネガティブなこと考えてたのに」
「『世界の危機なんて、救わなくてもいいんじゃないか』って?」
僕は博士を無言で見つめた。何ら不思議なことではない。
僕達の思考データは博士の手の内にある。
「僕も、そう思う時があるよ」
「博士」
目を見張る僕に構わず、博士は続けた。
「『正しい歴史』なんて言って、本当は僕のエゴにすぎないんじゃないかって。人類の寿命を延ばしたいがための措置だけど、そもそもこの星ですら宇宙には必要ないかもしれない。僕は神ではないし、考えたらキリがないだけど……」
「でも僕は、博士に作られてよかった、って思うよ」
「……」
「雪乃とも話せてよかった。感謝してる」
「そうか」
二人ともしばらく黙った。
「……博士、チョコって食べたことある?」
「あるよ。でも長らく食べていないな」
雪乃からもらったチョコは時空移動で消えた。だが、原材料と作り方は僕の媒体に記憶されている。
「今日はバレンタインだから作るよ。愛をこめて」
雪乃と話した今は、人類一人一人を愛しく思う。
僕は何度でも世界のために、時空を飛ぼう。
作り物の心にそっと誓い、僕は博士に微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!