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仕事と同じように、人間も辞めれたらいいんだけど。
人間を辞めづらい場所に自分は産まれてしまった。
人間を辞める事は、住む場所をなくすことだ。
人権を失えば生きていく上で不便だ。
自分は、人間を辞めても、衣食住を失うのは嫌だった。
人で無しのレッテルを貼られるのは嫌だった。
今のまま人間を辞めて、自分のまま平穏に生きたい。
ホテルの部屋は青とピンクの薄暗いライティングがされ妖艶な空間に演出されていた。
真冬の外から入ってきたから、部屋は平温だろうけど、薄暗さに反比例して温かく感じてしまう。
相手の青年が来ていたコートを脱ぎ、壁掛けのハンガーにかける。
「コート、かけましょうか」
と、気にかける言葉を言う彼。きっと初めてじゃない、こういう売春を生業にしている人物なんだろう。
晴賀は自分のポケットからナイフを取り出し、彼に切っ先をむける。
青年は目を見開く程度で恐れている様子はない。
何度か経験しているのかもしれない、自分みたいな変人は昼間をスーツを着て歩くような人と同じ道を歩く事は出来ない。自分と立ち位置が同じであろう夜を生きる人間としか相手が出来ない。
「そんなに申し訳なさそうな顔をしないでください、」
困ったように青年は笑う。
言われて自分がそんな顔をしていたのかと我に帰った晴賀。
「聞きますよ」
青年は晴賀を正面に見る。
「あの、すみません」晴賀は一度考えをまとめてから「俺、前から、人を殺したくて、それで今日、殺すって決めて来たんです。街であなたが立っているのを見て、声を掛けたんです」と口をわなわな震わせながら言う。
「なるほど」
言いながら青年はため息を吐きながら下を向く。
それからすぐに「舐められたもんだ。それで娼夫は殺されても仕方ないから大丈夫なんて理由にならないですよ」と彼は苛立った様子で言う。
「娼夫だって人間なんだから、サービスの限度はありますよ。金払ってくれたら死にますよなんてバカな商売する人いますか?」
突然説教が始まったものだから、晴賀のナイフを握る手は自然と下に下がっていった。
怒涛に攻め立てるものだから、晴賀の口は勝手に「ごめんなさい」と言っていた。
一通り言い終えた様子の彼。
苛立つ気持ちを落ち着かせようと、はあっと息をつく。
「まあ、そんなあなただから、俺に会えたのかもしれないですね」
晴賀は不思議そうに青年の顔に目を向ける。
「俺NGないんで。殺していいですよ」と言って彼は晴賀を迎え入れるかのように両手を広げた。
「え、いや、あの…いいんですか、」
先程までの説教が嘘のような振る舞いをする彼に、戸惑う晴賀。
「いいですよ。ぜんぜん」
青年はなんの問題も無いというふうに平然とした様子だ。
晴賀の予定ではナイフを向けて悲鳴を上げた所で刺すというプランだった。
思っていたのと違う。それまで説教された時間も相まって勢いがなくなっていた。
「どうしたの、刺さないの?」
拍子抜けしたように青年は言う。
いやいや待ってくれと晴賀は「いや、だって、刺したら、死んじゃうじゃないですか、俺も家族が巻き込まれるし…」と戸惑う。
晴賀の善良な心と本心との対立が始まった。
彼は日々こうして人殺しをしてしまわないように自分を抑えており、幼いころからこの感情に悩まされていた。
しかし、悲惨なニュースにひどく悲しみすぎる家族の元に産まれたものだから、両親から与えられた良心の影響で犯罪は絶対にしてはいけないことだという強い使命感を持つようになってしまった。
彼にとっては枷でしかない良心のおかげで自分の殺害欲求は抑えられている。
抑える方法の一つが、外出時、ナイフを持ってこと歩く事だった。
小学生のときははさみ、中学生ではカッターナイフ、高校でアルバイトを始め、もらった給料で買ったものがこのナイフだった。
彼に会う前も手前からすれ違っていく人を次々と刺していく妄想をして来ていた。
「ああ、だめだだめだ、」
晴賀は頭を抱えると部屋を出て行こうとドアに向かう。
「ちょっと、なんで出ていくの」
慌てて青年が晴賀の後ろからドアを開かないよう静止する。
「ごめんなさい、さっきの聞かなかったことにしてください。嘘です、俺はそんな事はしない人間なんです、」晴賀は何か思いだしたようでコートの裏ポケットから財布を取り出し中から入っていた分の札数枚を全部取り出し、青年の手に押し付ける。
「お金払うんで、ごめんなさい。今日は帰ります」
晴賀は隠すようにナイフを握った手をポケットに突っ込み、片方の手でドアノブに手を掛けた。
「待ってよ。なにもしてないのに受け取れないですよ」
青年は慌ててコートを引っ張る。
「俺は人を傷つける人間になりたくないんです」
「さっき俺を殺そうとしていた人間がいうセリフかよ。あなたは臆病者ですか?俺にはそう見えなかったけど。嘘をついてる?」
「うそじゃないです、本心です、当たり前じゃないですか。殺す事は悪いことだっていうのは。嘘を言ってるのはそっちでしょ、死なないなんてそんなの」
「本当ですよ」彼は冷静な声で言った。
「やめてくださいって、」
「じゃあ、いいんですか?人を殺せなくなっても」
それはとてもじゃないが晴賀にとっては耐えられないことだった。幼い頃から抑えてきた欲求を抑えることがそろそろ限界を向かえていたから、今日殺すと決めて外に出てきた。
晴賀はゆっくり後ろの青年の顔をみる。
青年はまっすぐ自分の顔を見ている。
青年が嘘をついているように見えなかった。
「ほんとうに死なないんですか…?」
注意深く晴賀は言った。それからナイフをもう一度取り出した。
「刺せばわかります」
青年は言った。
晴賀は引きずるように足を前に出す。脇を締め、ナイフを両手でしっかりと握る。青年に向かって駆け出す。狙いはやわらかい脇腹だ。
ズンっとナイフが青年の脇腹に刺さったのがみなくてもわかった。晴賀よりも身体が小さかったようすの青年の顔が晴賀の肩にピタリと密着、1、2歩と足をよろめかせながら青年が下がる、ナイフを深々と刺すために晴賀は体重を青年に乗せる、青年は重みに負けまいと踏ん張り、晴賀のコートを握りしめる。
青年は風呂から顔を上げるような、気持ち良さそうに頭を上げ、晴賀の肩に顎を乗せ「ああっ、痛い、」と気持ち良さそうな声を漏らした。
晴賀は鼻息荒く、肩で激しく息をする。
刺した、とうとう刺してしまった。
焦りと後悔はあった。
警察に捕まる事を考えて恐ろしくなった。
いや、いや違う。
どうでもいい。
どうでも良かった。
それよりも、遥かに身体のうちにあった欲求が開放された爽快感が前記の感情を覆した。
あまりの気持ちよさに晴賀の目から涙がこぼれる。
「どうしたの。怖くてないてるの?」苦痛に耐えながら青年は言う。
「違う、」晴賀は首を振り「嬉しくて、どうしたらいいのかわからない、」と喜びに震え、ナイフの持ち手から離れていく晴賀の手を青年は片手で上から強く押さえつける。
「だめ、離さないで、いますごくいい感じ」
と興奮を抑えるように言う青年は晴賀の耳元で「このままベッドに」とささやきながら晴賀をベッドの前に歩かせ、晴賀を下に二人で倒れ込んだ。
ナイフを握りる手に青年の体重がかかる。持ち手が晴賀の腹に沈む。
今持つナイフの持ち手の反対側にも刃がついていたら、自分にもナイフが刺さっているな。
と晴賀は思った。
互いの体内に鋭利な物体を挿入し合う行為が、とても官能的に思えた。
そんな考えをしてはいけないと晴賀は考えを消すように頭を振った。
「ベッドが汚れるの、気になる?」
割って入るように話してきた彼の声に晴賀は一瞬我に帰った。
気にしていなかった。
晴賀の顔の横に手をついて天井から見下ろす青年の高揚した顔が目に映る。
聞かれた質問に晴賀はいいえと首を振る。
「ああそう、まあ、このまま抜かなければ血はそんなに出ないし、」と言いながら晴賀の太もも辺りにまたがり「女の子の生理と思ってくれるでしょう。それか鼻血」と肯定するように言う。
「刺してどう?」
青年は面白そうに聞く。
「すごく、重たいです」
「あはは、それは体重じゃない?」
「それとはまた違うと思う、」
「そう」
「ちょっと動かして見たら?」
ニヤリと口を上げた青年は晴賀のナイフを握る手を中の肉をいじくるように動かす。
動かすと、手の表面をドロッとした液体が流れ落ちる感触がした。血だ。
青年は前後に動かすナイフの動きに合わせて反対に身体を揺らす。
「ああ、うそ、痛い、痛い、」
艶めかしい声で痛みから逃れるように身体をよじらせるいう彼の声に晴賀は心臓の高鳴るのを感じた。
アダルトビデオを観ただけでは感じられない快感。
頭が溶けて、機能するのをやめていく感覚。
口が緩んでいき、細かい理性が無くなっていく。
晴賀は自分で手を動かし、青年の腹の中をいじると、青年は頭を上げ、首を弓なりに反らせ上げる。
「ううっ、ああ痛い、」
男性とは思えないかん高い声を上げた彼の声に、晴賀の腹部が熱く燃え上がる。制御する間もなく射精した。
身体がぶるぶると震える。青年に悟れられるのを恥ずかしくて恐れた晴賀は顔がみられないように反らせ「もういい、離れて」と言う。
反して青年はすでにわかりきっていたようで、下に見るようにして笑うと、晴賀の前ズボンの前を開け、中身を取り出す。
「あはは。おもろ、」とひとりでにつぶやくと青年はナイフの持ち手を押さえつけながら身体を起こしていく。
すんなり抜けたナイフ。こんなに軽かったのかと驚き、ナイフに目を顔を向ける。
青年の血をまとった切っ先天井に向けてそそり立つ。長年地中をさまよっていた怪物が地上に現れたような力強ささえも感じさせる。
高校生でこのナイフを購入してから持ち運ぶだけで使ったことはなかった。ものは使ってこそ意味をなす、晴賀のナイフはきっと喜んでいる。
青年は下の衣類をすべて脱いでいた。身体を起こそうとしていた晴賀の身体に飛び乗る。
ナイフを握っていた上るの手に青年の皮膚であろう、貫く感触があった。
「うわああ!やめてくれ!死んじゃうから!」
晴賀の良心が叫ぶ。
罪悪感と恐怖が晴賀を叱責する。
ああ、とうとう刺しやがって。
親に迷惑がかかる。
なんて謝るの?
お前は最低の人間だ。
人殺し。
お前が死ね。
どうして死なないの?
なんで今まで生きてたの?
死んで詫びろ。
今すぐ死ね。
「だから死なないっての」
苦しそうな青年の声が、晴賀にとって、闇に差し込む一筋の希望のように聞こえた。
「それより、早くさ、このまま挿れてよ。はやく、今すごくいいからさ。死にそうなくらいじゃないと俺だめなんだよ」青年は身体をこすりつけ、晴賀を求める。
「早く殺してくれよお、早く、」
青年の艶かしく、熱い息が顔にかかる、晴賀の鼻先に泣きそうな顔で懇願する青年の顔と鉄の匂い。
今まで生きていて、首に何かまとわりついている感覚があった。
飼い犬に首輪をかけているような。
そこに行きたいのに飼い主に引っ張られて自由にできない虚しさ。
これは、非人道的行為だ。自分は現代人として生きる事を辞めたいんじゃない。
晴賀の意識が青年に向かう。
殺していいのか。
殺していいの?
認めていいの?
この人は認めてくれた。
…ならそこに行きたい。
晴賀が身体を起こす。
首輪はもうない。
青年の背をベッドに、上から彼にのしかかるようにして覆いかぶさる。ナイフ越しに青年の、人間の柔らかい腹の肉の弾力を感じた。青年のうめき声が漏れる。
生き物を裂いている。
晴賀はナイフを引き抜く。彼は同時に全力で50メートル走り切った爽快感を感じた。
自身の頭の上までナイフを持ち上げ、垂直に彼の胸下、ちょうど肋骨の真ん中に突き刺した。
青年の身体が晴賀に向かってV字に跳ね上がる。内側から来る衝撃と痛みに目を見開く青年。
死んだような顔をして外を歩く通行人に比べて、表情豊かで、生き物らしいじゃないか。
晴賀は嬉しくなって笑う。
青年は噎せて血を吐く。彼の口から花が咲く。
「いいい挿れて」
言葉に導かれ晴賀はおぼつかない手付きで青年の後孔に自身の局部を挿入した。
青年は身体を弓なりに反らせ口をあんぐり開けて舌を前へ突出す。
白く美しい喉。
この喉を締めたらどうなる?
晴賀は喉に掴みかかり締め上げる。
後孔も締め付けてきた。
晴賀は腰を打ち付けた。
力を込める。喉の骨と筋肉を収縮させる。青年は口を横いっぱいに広げ、歯を噛みしめる。
首に手をかけている引き剥がす、なんて事はしてこない。
青年はベッドのシーツを握り締めている。
いいのか、いいのか。
いいんだ。
いけ、いけ。
もっといけ、もっともっともっともっともっと。
晴賀の手は勝手に青年の首を締めていく。
青年の顔が赤くなっていく。
死ぬ。
死んでしまう。
もうすぐ死んでしまう。
ぐううっと締め付けたとき、青年の首が曲がった。
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