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「おはよ、郁島くん。昨日は眠れた?」
「あ、おはようございます。は……い」
郁島颯がこの病院に運ばれてから2週間以上が過ぎていた。今、声を掛けてきたのは、颯の担当看護師である佐竹湖城だ。初めて意識を取り戻した時、名前を呼んでいたのが湖城だった。
颯は、夏休み中帰省していた実家から帰る途中で事故に巻き込まれた。その日は、颯を寮に送った後、母親の妹である野山涼風に会いに行くために父親が運転し、母親は助手席に座っていた。事故の原因は、居眠り運転のトラックが突っ込んできたらしい。意識が戻って、ある程度話せるようになった時に涼風に聞かされた。そして、前席の損傷が激しく、両親は即死だったと。
颯自身は、何とか一命は取り留めたけど脊椎に損傷を負う大怪我で、足は感覚があるが全く動かせなかった。そして、一時、心拍停止状態にもなっており、医者からは意識が戻らない可能性もあると言われていたらしい。
目を覚ましてから、1週間がたったが、颯はまだあの白い空間にいる様な感じがしていて、どっちが現実かよくわからない時があった。実際、両親の死も自分の足が動かないことも、全く現実味がなかった。
足は、リハビリをすることで日常生活をするには支障がないくらいには回復するらしい。だけど、ベットの上で涼風や看護師が、足をマッサージしてくれていたけど、これに何の意味があるのかわからない程、今、目の前にある足は、自分の物とは思えない程言うことを聞かなくなっていた。
涼風は、ほぼ毎日のように病室に顔を出してくれた。旦那さんの法律事務所で、事務の仕事をしているから、毎日来るのは大変なのに、来なくていいと言っても、寂しく笑うだけだった。両親の葬式や、病院の手続き、事故後の処理、颯の大学のことまで、全部涼風と弁護士である旦那さんがやってくれていた。
颯が目を覚ました時には、葬式など大体ひと段落していたから、意識が回復してから全てにおいて、現実味がなく、両親が死んだのに涙一つ出てこなかった。みんなは「助かって良かった」って言っていたけど、両親と一緒に死んだ方が、誰にも迷惑もかけないし良かったなと思っていた。
「……く……まくん?……郁島くん?大丈夫?調子悪い?」
「え、あ、ごめんなさい。大丈夫です」
ぼーっとしてトリップしていたみたいだ。最近はよくこういうことある。知らない間に寝てしまっていることもあるのか、夜も眠れなかった。
「ご飯もあまり食べれてないし、それに眠れてないんじゃない?」
「……」
「色々なことがありすぎて、整理つかないことが多いと思うけど、一人で溜め込んでいてもいいことはないから。俺で良ければいつでも話聞くから」
「あ、はい……」
担当の看護師……。名前は覚えてないけど、男の人の看護師は珍しいなとは思っていた。でも、そう言われても何を話していいのかもわからず、とりあえず返事だけしておく。
「あ、郁島くんは星に興味ある?おうし座流星群見たくない?」
「え?」
湖城はニヤッと笑って、颯の耳元に顔を近づけて耳打ちする。
「明後日、ちょっと夜に抜け出して、一緒に見に行かない?まあ、抜け出すって言っても病院の屋上なんだけどね」
「そんなことして、いいんですか……?」
「んーいやー。いいか、ダメかって言ったらダメなんだけどね。だから、こっそりちょっとだけ。俺、天体観測好きで、いい気分転換にもなるんだよね。ずっと病室にいるのも気が滅入っちゃうでしょ」
ちゃんとした天体観測はしたことがなかったけど、流星群は見たことがあった。あれは、いつだったかな……そんなことをボンヤリと考える。
「これは、2人の秘密だよ。バレたら俺、怒られちゃうから」
そう言い残して、病室を出て行く。まだ、行くともなにも返事してないのに、何か行くことになっているし……
でも、まぁいいか、どうせ夜はあまり眠れないし……
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