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「ど、どこに行くんですか?」
やっと少し心臓のドキドキが落ち着いてきて、運転席に座る湖城にそう、声をかけることができる。退院して約1ヶ月、久しぶりに会う湖城に、口から心臓が出るんじゃないかってくらい緊張していて、ここ20分くらいは湖城の声かけに何とか相槌を打つのが精一杯だった。そんな颯の様子を知ってか知らずか「まだ、内緒」といたずらっぽく笑われる。
ロビーで初めてプライベートな湖城と話をしてから、告白などまるで無かったかのようにいつも通りの日々だった。メッセージのやり取りや、たまに雑談をする程度。湖城が宣言した通り、患者と看護師の関係だった。だけどそれ程日が空かず颯の退院の日程が4月の大学の新学期に間に合うように、調整する形で決まり、ラストスパートのようにリハビリの毎日だったので、余計なことを考えずに済んだ。リハビリの甲斐があり、今では杖などの補助具なしで普通に歩くことができる。ジョギングくらいのスピードで軽く走ることも可能だが、スピードを上げると足がもつれて、つまづくことが多い。
退院が決まっても湖城の態度は変わらず、退院日は涼風さん夫妻が朝から来てくれて、今までお世話になった人たちに挨拶しに回ったりしてたので、湖城と2人で話す間もなく他のスタッフと同じように挨拶だけして病院を後にした。退院してからは、新しい下宿先に引っ越したりーー涼風さんは最後まで一緒に住みたいと言ってくれたが、赤ちゃんが生まれて大変になるので、大学が遠くなるからということで何とか納得してもらったーー大学のオリエンテーションやらで、目まぐるしく日々が過ぎていき、メッセージは続いていたけど、入院中とは明らかに減ってしまった。だけど、昨日久しぶりに湖城から「デートしよう」とメッセージが来た。
「今日はお休みだったんですか?」
「夜勤明けで、明日から2日間休みをもぎ取った」そう言うと、湖城はへへっと子供っぽく笑う。
巷では大型連休の真っ只中だったけど、もう夜の10時を回っており行き交う車の数はまばらだ。どんどん山の方へ行っているのか、街中から遠ざかり、車のライトと街灯の灯りでで、なんとか周りの様子が認識できる程度だった。「着いたよ」と車が停まった場所は、公園の駐車場のようだ。
「ちゃんと昼間に、颯くんと色々な所に行こうかとも考えたんだけど、まず最初はここかなと思って……ちょっと歩くからしんどくなったらいってね」
湖城はそう言うとパッと颯の手を取って、歩き始める。咄嗟に手を繋がれて、顔が熱くなるけどこれだけ真っ暗だったら気づかれることはないだろうとホッとする。少し開けた場所に着くと頭上には満天の星が広がった。湖城が持ってきていたレジャーシートを広げ、寝転がったのでそれに倣う。
「すごい……あの時みたい」
「本当は、流れる星の夜が良かったんだけど、しばらく来ないから……ちょっとキザかもしれないけど、一緒に星を見ながら言いたかったんだ」
隣の湖城に目を向けるけど、暗闇に目が追いつかず表情はうかがえない。だけど、颯の方を見ずにまっすぐ星空を見ながら言葉が綴られていく。
「これから先は、俺の隣でずっと星を見てほしい。颯くんにとっては、両親を思い出して辛いかもしれないけど、一緒に見た星空を辛い思い出にしてほしくないんだ」
「辛い思い出じゃないです。僕は……現実味がなくていつ死んでもいいと思っていた時に、湖城さんと一緒に星を見て両親の死がやっと自分の中に入り込んできて、それでも僕はひとりぼっちじゃないと思えたのは、湖城さんがいてくれたからなんです。星空を見ると両親のことを思い出すけど、思い出せてよかったと思ってて、だから辛い思い出にはならないです。僕の方こそ、これからもずっと湖城さんの隣で星を見ていきたいです」
そこまで言い切ると、腕を引き寄せられて湖城に包まれた。湖城とはもうゼロ距離で、まだまだ真っ暗闇だったけど「めっちゃ嬉しい」と照れ笑う湖城の様子がわかる。そこからさらに、顔が近づいてきたので颯は、ゆっくり目を閉じた。
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