見詰める瞳。

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 その大蛇の師弟は、黄龍が管轄する地の中心に存在する、ある湖の奥底に暮らす。天を照らす光は、ほんのり優しく射す程度。其処へ在る宮は、そんな優しい光に包まれた不可思議ながら神秘的な空間。湖の中であると言うのに、その庭には季節を魅せる美しい花も、水面が揺らめく池すらも存在する。  宮には多くの命が集い、日々黄龍を支える為に懸命に動く者達。彼等は、人以外の器を持つ魂。多くは、水の中で生きる魚や、蛇として生を受けた者達だ。それらの魂は、黄龍の力を授かった守護者により、人の姿と能力を与えられ、使いこなし働く。  人とは、地に降りた魂達の中で唯一孤立させられた種族。それは驚異的な心と知恵の発達、それにより地を破滅へ導く程の力を手にした事に由来する。しかしながら、その能力は何とも形容し難い素晴らしさ。声を言葉、文字として他者と心を通わせる術。繊細に軽やかに動く手足、五感全てを駆使し様々なものを創造し、表現する。それを手にしたらば、心がどんどん大きく豊かに育ち行くのが分かる。何故天の帝は、人のみに斯様な力の種をあたえたもうたのか。そんな嫉妬と、憧憬入り交じる複雑な念を他種族へ抱かせているのだ。  さて、湖の底にある宮内へ話を戻して。宮内にある広い書庫にて、人の形を得た官吏が辺りを見渡す姿が。並ぶ書棚の間に、漸く求める姿を確認でき安堵の笑みを浮かべた。駆け寄り、取り敢えずその方へ揖すと。 「――お取り込み中申し訳御座いませぬ、フォンリー様。トウ様のお姿を御存知ありませぬか」  フォンリーと呼ばれた者が、声に振り返り簡策からそちらへと視線を。頭上へ冠、長く艶やかな黒髪を揺らす青年の形をしたその者は、鋭くも実直な目元から漂う憂いに心捕らえられる程の美丈夫。彼こそ、此の湖を守護する者より認められた弟子で、赤い身を持つ大蛇である。  形の良い唇が、静かに開かれ。 「執務室にいらっしゃらないのか」
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