9 日常〜五日目〜

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「そうなの。でもやりたいことがたくさんあったし、私の中で結婚は今じゃないって思ってたんだよね。会場に着いてもなかなか気が乗らなかった私にね、『逃げちゃえばいい』って声をかけてくれた人がいたんだけど、それがなんと翔さんだったの。まぁ蓋を開けてみれば、お見合い相手が翔さんだったってことなんだけど」  恥ずかしそうに頬を押さえる萌音を、六花は口をあんぐりと開けて見つめる。 「そ、そんなことって……」 「あるんだよねぇ。離れている間はお互いに違う時間を過ごしていたからーー彼は誰とも付き合ってないって言うんだけど、それは私への気遣いで、きっとそれなりに女性関係があっただろうなぁというのは想像出来るの。でもそういうのもひっくるめて翔さんだし、今は私たちを大切にしてくれてるからいいかなって思う」  きっとそれは萌音の本心なのだろう。気にはなるけど、聞かない方が良いこともある。それを掘り下げたところで、自分にとって良いこととは限らない。それなら知らない方がいい。  朝夏さんのことを知らなければ、こんな感情にはならなかった。でもお兄さんの奥様なら、会わないなんて選択肢はなかったのだけど。 「でも……六花さんは私とは逆かもしれないね」 「逆?」 「私は知らない方がいいって思うけど、六花さんはむしろ全部話してもらった方がスッキリするような気もする。話を聞いていると、お互いにはっきり言わないから、わからないことが多いよね」 「はっきり言ってない……かな?」  予想外のことを言われ、六花はキョトンとする。 「うふふ。客観的に見ると、六花さんは白か黒かで自己完結しちゃってるような感じかな」 「おかしいな……昔ははっきりいう性格だったのに……」 「それは貴島さんに気を遣ってるからじゃない? 傷つけたくないし、傷付きたくない。きっとこうに違いないって思うことで、自己防衛をしているんだと思う」  それに関しては図星だった。だから最初は分厚い壁を作って宗吾と接していたはずなのに、いつの間にか壁は薄くなり、隙間から彼が入り込んできたのだ。 「でも貴島さんって、なんでそんなに言葉にするのが下手なのかしら?」 「それは……きっと空気を読んでいるからかも。昔から何か発言する前に考え込む癖があってね、言葉を選んでるような感じがした」 「ということは、すごく慎重な人なんだ」  それは彼の父親の話からもわかる。 「由利先輩は? 大学の時はすごくお話上手だったよ」 「翔さんは話すのが得意みたい。びっくりするくらいスラスラと言葉がでてくるの。そう考えると、貴島さんとは真逆のタイプかもしれないね」 「確かにそうかも。由利先輩が萌音さんに甘い言葉を伝える姿って想像出来るのに、宗吾は全く想像出来ないの」 「でもこの数日間、言われ続けたんじゃない?」  そう言われて、六花は目を見開くと顔を真っ赤に染める。それを見て萌音は微笑んだ。
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