9 日常〜五日目〜

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 状況が理解出来ず挙動不審になる六花を、宗吾は真剣な面持ちで見つめた。 「まーちゃんを放って置くわけにはいかないから、とりあえず中に入っていいか……?」 「だ、ダメ! あの、ちょっと待って……どういうことなのかちゃんと説明して欲しいんだけど……」 「わかってる。ちゃんと話をするから。そのために来たんだ」  六花はどうしていいのか分からず呆然と立ち尽くしていると、宗吾に腕を掴まれてしまう。 「六花、ちゃんと話そうって約束したよな」 「……わ、わかった……入って」  彼に打ち明ける前に、娘と対面することになってしまう。でも宗吾はまーちゃんのことを知っていたーー六花の頭の中は混乱していた。  宗吾は玄関土間で靴を脱ぐと、六花の後に続いて中に入ってくる。ただ六花は振り返ることが出来ず、ゆっくり重たい足取りで居間に続く廊下を歩いていた。  部屋の中では、愛生が昼寝用布団の中ですやすやと眠っていた。  宗吾は部屋に入るや否や、すぐに愛生のそばへと近寄ってプレイマットの上に座った。六花は気持ちの整理をするためにキッチンへ行き、食器棚からマグカップを二つ取り出した。  時間をかけるためにドリップコーヒーの袋に手をかけたが、視線を感じて顔を上げると宗吾と目が合い固まってしまう。 「六花、あの……こっちに来ないか?」  六花は唇をぎゅっと結び、小さく頷く。それから愛生を挟むように向かい側に座った。すやすやと眠る娘の顔を見ていれば、なんとか平静を保てそうな気がする。  宗吾は愛生のふわふわと柔らかい髪の毛に指先を絡め、そっと撫でる。彼の表情を盗み見た六花は、あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにする。優しい眼差しで愛生を見つめ、穏やかな笑顔を向けていたのだ。  今一体何が起きているのだろうーー事態が呑み込めず、動悸ばかりが激しくなっていく。 「あの……昨日はごめんなさい」  六花が頭を下げると、宗吾は俯いて首を横に振った。 「俺の配慮が足りなかった。ああなったのは俺の責任だよ。本当にごめん」  違う、私が勝手に逃げ出しただけよーーそう思ったが、心に何かが引っかかって口に出すことは出来なかった。 「……宗吾、まーちゃんのことを知ってたの?」  六花が尋ねると、宗吾の動きがピタリと止まる。それからゆっくりと立ち上がり、愛生を起こさないように静かに歩いて六花の隣に座った。  二人の視線がしっかりと合うと、宗吾はどこか不安げな顔で六花を見つめた。 「知ってたよ」  六花の顔から血の気が引いていくのがわかった。じゃあ今まで必死に隠してきたのは何だったのだろうか。全く意味がなかったということ? そう考えると怒りの感情が沸き起こってくる。 「私のことを騙してたんだ」  宗吾を睨みつけると、彼は六花に対して頭を下げた。 「お願いがあるんだ。これから俺が話すことを最後まで聞いてほしい。本当は昨夜に打ち明けるつもりだったけど……きっと六花を怒らせてしまう内容ばかりかもしれない。それでも全てを話すから……」  打ち明けるのは六花の方だと思っていたのに、実際は宗吾にも秘密があったということになる。そのことを知るためにも、六花は頷くしかなかった。
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