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「俺が朝夏さんに初めて会ったのは、高校三年の秋なんだ」
ということは、私と出会う半年前ーー。
「四歳年上の兄が初めて家に連れてきた彼女だったから、家中が大騒ぎになってさ。初めは綺麗な人だなくらいに思ってたんだけど、いつも優しく接してくれる彼女に惹かれるようになってた」
突然始まった宗吾の話に胸がツキンと痛む。
「六花と初めて会った頃から辛く当たっていたのは、同じ名前だから必然的に名前を呼ばなきゃいけないのに、見た目は朝夏さんっぽいけど中身は全く違うことに勝手に苛立ってたんだ」
「そんな気がしてたけど、よく考えれば理不尽な理由よね」
「全くその通りだよ。ただ言い訳をすると……中学からずっと男子校だったし、女性に慣れていなかったっていうのもあるんだ。だから誰にでもオープンな六花の態度が苦手だったっていうのもある」
「……それは初耳」
「そんなこと、恥ずかしくて言えないに決まってるだろ……女子と話すなんてほとんどなかったんだから」
宗吾の意外な事実を知り、六花の中のわだかまりが少しだけ薄れた気がした。
「そんな時期に年上の女性に優しくされたら、否が応でも惹かれるに決まってる。それに兄の恋人だし、その家族には優しくするのは当たり前だよな。でもあの頃の俺にはそんな発想はなくて、この人は根っから優しい女性なんだって思い込んでたんだ」
恋愛を知らない思春期真っ盛りだった宗吾には、きっと朝夏さんは眩しく映ったに違いない。
「初恋だったの?」
「それはないかな。小学生の時にも好きな女子はいたから。ただ……どうしていいかわからなくて、意地悪するタイプだったけど」
朝夏だけでなく、小学生の時の恋愛事情まで聞かされ、六花は少しだけモヤっとしてしまう。それを悟られないように、さっとコーヒーを口にして隠した。
「だけどある日さ、たまたま家で二人が喧嘩している場面に遭遇したんだ。いつも俺には穏やかな姿しか見せてなかった朝夏さんが、すごい剣幕で兄に泣いて怒っててさ。彼女もこんなふうに怒るんだって驚いた。でもその後に仲直りして、兄に甘える姿を見た時に、『あぁ、俺は所詮は兄さんの弟に過ぎないんだ』って自覚したんだ」
宗吾の目が六花の瞳を捉える。それから口の端を小さく上げたのを見て、六花の頭にあの瞬間が蘇ってきた。
「……もしかしてあの日が……?」
宗吾のガックリと項垂れた後ろ姿は今も脳裏に焼き付いて離れない。
眉間に皺を寄せた六花と目が合った宗吾は小さく微笑んだ。
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