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六花は不愉快な気分のままバーカウンターそばまで行くと、彼が差し出したビールの缶を受け取る。しかし二人の間には微妙な空気が流れ始めていた。
「じゃあ聞くけど、私を見てどんな気がしたわけ?」
「……行く場所がなくて路頭に迷ってる感じかな。旅行や出張の帰りだったら真っ直ぐに帰るだろ? 立ち止まってスマホで何かを調べ始めるなんて違和感あり過ぎる」
「うっ……な、なるほどね」
あまりにも的を射た言葉だったので、納得するしかなかった。そうなると隠しているのも馬鹿らしくなって、むしろ話を聞いてもらいたくなる。
でも再会したばかりの、それも仲が良かったわけでもない人に話すのはどうなのだろう……まぁ一度は体の関係を持ったような人ではあるけど。
「大学を卒業した後はどうしてた? 確かアパレル系の会社に就職したって言ってたよな」
宗吾はバーカウンターの中から出てくると、六花の背中を押しながらソファへと誘導していく。広いソファの真ん中に腰を下ろした二人は、向かい合うように座る。
「今も同じ会社に?」
「……ええ、そう。大好きなブランドの会社だったからすごく楽しく仕事をしてたんだけど……」
「今は?」
「うーん、なんかよくわからなくなっちゃったんだ。たぶん考えることがたくさんありすぎて、本当に自分がやりたいことがブレ始めたんだと思う」
「それは今日のことが関係してるのか?」
宗吾は真っ直ぐに六花を見つめ、返事を待っているように見えた。
今日六花に起きた出来事を、宗吾は察しているのだろう。だから遠回しに聞いて、彼女の口から言わせようとしているように感じた。
六花はビールを口に含んでから、小さく息を吐く。
「就職してすぐに恋人が出来たの。部署は違うんだけど同期の人で、でもバレると気まずいから会社では秘密にしてた」
一番楽しくてドキドキしていた時期の記憶は、思い出すと切なくなる。あんな時もあったのに……どこで変わってしまったのだろうか。
「それから三年くらいして、一緒に住もうって話になって同棲が始まって……私としてはそろそろ結婚もあるのかなぁって期待したの。でも一緒に住んでも何も変わらない。むしろ自分の立ち位置がわからなくなってきちゃった。やってることがまるで母親みたいなの。洗濯して、ご飯作って……感謝どころか、それが当たり前になっていってーー。私だって仕事で疲れてるのに、休む暇なんてない。それでも付き合って五年も経てば自然に結婚の話になるだろうって思ってた……でも違った」
恋人でもない。空気のような同居人。六花の中で少しずつ決意が固まっていった。
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