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プレイマットの上で遊ぶ娘を見ながら、六花はキッチンで食器を洗っていた。
布製のボールを投げたり、音の出るおもちゃを床に叩きつけては楽しそうに笑い声を上げる様子を眺めていると、それだけで落ち込んでいた心は癒されていく。
ちょうど蛇口の水を止めた時に呼び鈴が鳴る音がし、六花は慌てて玄関に向かった。
いつもの調子で磨りガラスのドアを横に開けると、そこにはダンボール箱を抱えた萌音が笑顔で立っていた。
「萌音さん⁈ そんな大荷物を抱えてどうしたんですか?」
すると萌音は笑顔で六花の横をすり抜け、上り框にダンボール箱を置いた。
「突然ごめんなさい! あのね、昨日の夜に近くを通ったら電気がついているのが見えたから、もしかして帰って来たのかもと思って。しばらくいなかったし、食べ物とか必要でしょ? うちの畑の野菜なんだけど、もし良かったらどうぞ」
「えっ、いいんですか? すごく助かります!」
箱の中を覗き込むとたくさんの野菜が入っており、一人では食べきれないほどだった。
「ちなみに今日のオススメは、ナスとチンゲンサイとズッキーニかな! オクラはそろそろ終わりかけだから、ちょっと固かったらごめんなさい」
結婚式場と農園レストランで提供される野菜は全て近くにある自社農園で栽培しており、六花自身はまだ行ったことはないが、きっとこの野菜もそこで採れたものに違いない。
「萌音さんたちはいつ帰られたんですか?」
「ん? うちはパーティーの翌日に。元々翔さんも仕事が入っていたし、私もドレスの打ち合わせがあったから。六花さんはご実家でゆっくり出来ましたか?」
「まぁそうですね……」
眉根を寄せて笑う姿から何かを感じとったのか、萌音は心配そうに六花の顔を覗き込んだ。
「なんだか元気がないみたいだけど……大丈夫?」
「あぁ、すみません! 大丈夫ですよ! 野菜ありがとうございます!」
六花は心配かけまいと明るく振る舞うが、萌音は突然肩からかけていたショルダーバッグを開くと、中から紙袋を取り出す。
「これね、実はレストランのマカロンをもらってきたの! 六花さんに食べてもらおうと思ってたんだけど、良かったら一緒に食べながらお喋りしない? 敬語は無しで!」
鼻息を荒くしながら息継ぎ無しでそう言った萌音を驚いたように見つめてから、彼女の持つ紙袋に目をやる。レストランのデザートとして出されるマカロンは六花の大好物だった。
「……いいんですか?」
「もちろん! 話だってなんでも聞くよ!」
今まで誰かに話したくても、近くにそんな相手はいなかったし、電話では相手の都合が気になって出来ずにいた。見知らぬ土地だからこそ、一人で気楽な反面、誰にも頼れない寂しさもある。それを埋めてくれたのが娘で、娘のために強くあろうとする自分になれたのだ。
でも今は萌音が差し出してくれた手に縋りたい。その途端、六花の瞳から涙が溢れた。
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