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六花の瞳から一筋の涙が溢れる。萌音はポケットからハンカチを取り出すと、六花の手にそっと載せた。
「貴島さんに子どものことを伝えたら、もしかしたらすごく喜んでくれるかもしれないよ。悲観的にならないで、出来ることをやってみようよ。だってお試し期間をやり直そうとするくらい、六花さんを忘れられなかったんだから」
萌音が差し出してくれたハンカチをぎゅっと握りしめる。
「六花さんの今の気持ちはどうなの? 貴島さんのことは何とも思ってない? それとも気になってる?」
「それは……」
「まーちゃんのことを打ち明けようとしたってことは、一度は貴島さんと結婚することを考えたってことよね? やっぱり彼のことを好き?」
こんなこと、誰にも言えなかった。自分の心の中に秘めておくべきだと思っていたのに、今はその言葉を口にしてしまいたくなる。
「私……宗吾が好き……。朝夏さんよりも私を愛してほしい……私だけの宗吾になってほしいって思う……」
「それは貴島さんに伝えた?」
「その前に逃げ出しちゃったから……まだ間に合うかな……?」
「きっと大丈夫。間に合うよ」
萌音の言葉が力強く六花の背中を押してくれた。
「ありがとう、萌音さん。私、今度こそちゃんと話してみる」
「うん、頑張って! 六花さんは自己完結しないでちゃんと話し合って。それから貴島さんには頭で考える前に言葉にするよう、ちゃんと怒るんだよ!」
明日、宗吾に会いに行こう。そして今度は逃げずにちゃんと話し合うんだ。
六花がそう決意した時、萌音のスマホが鳴り響いた。
「華子さんだ。ちょっとごめんね」
華子とは萌音の仕事の手伝いをしてくれている女性だった。楽しげに会話をしていたかと思うと、突然驚いたような表情になって急いで電話を切る。
「六花さん、ごめんなさい! ドレスの打ち合わせのお客様がもう到着しちゃったみたい!」
「ううん、話を聞いてもらえたおかげで決心がついたの。本当にありがとう」
すると萌音はちゃぶ台の上に置かれた紙の小箱の中から、ピンク色のマカロンを取ると、そしてそっと六花の手のひらに載せた。
「あのね、マカロンには『あなたは特別』っていう意味があるの。私にとって六花さんは初めて出来たママ友だから、これからもたくさんお喋りしようね」
そう言い残すと、萌音は愛生の頭を撫でて笑顔を向け、慌ただしく六花の家を後にする。
静かになった部屋の中で、手に載せられたマカロンを口に放り込むと、甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。
萌音と話したことで、自分にとって特別な人が誰なのかはっきりとわかった気がした。
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