(1)

1/2
前へ
/59ページ
次へ

(1)

 システムエンジニアとして働き始めて三年目。僕の席の隣には、ひとつ上の先輩の比奈さんが座っている。  小柄な体に、大きな瞳の色白な童顔が乗っかっている。黒髪のショートに、いつも白い髪留めを着けている。年上とは思えない可愛らしい見た目のせいで、最初に会った時には誰かの娘さんが来ているのだと思ったものだ。  その風貌から、同僚の間では、密かに妖精(フェアリー)などと呼ばれている。しかし、僕の中では彼女は妖精というより、猫だ。  彼女は、猫みたいなくしゃみをする。 「くしっ」  僕は、それを聞くたびに、かつて飼っていた猫のゴロウのくしゃみを思い出す。音の感じがそっくりなのだ。  しばらく近くにいた僕は、彼女のくしゃみには法則があることに気づいた。  彼女はなぜか、毎日決まった時間にくしゃみをする。  午前十一時五十七分。これは昼休みの三分前なので、お昼時の合図として丁度良い。  次に、午後五時二十七分。こちらは、定時終業の三分前。  毎日同じ時間となれば、そこには何か秘密があるはずだ。だが、僕は比奈さんに聞くことは絶対にしない。彼女が意識してしまって、くしゃみをしなくなるのは嫌だからだ。  彼女のくしゃみは、なんというか、とにかく可愛らしい。ゴロウを連想するせいもあるが、仕事中のひとときの癒しなのだ。  今のところ、社内で彼女のくしゃみに気づいているのは、僕だけだ。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加