「主人公は嘘しか言わない」

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カーテンも締め、電気をつける時間になった午後6時。 母と向かい合うようにして夕ご飯を食べた。 二人が座る食卓テーブルの上には母が昼間買ってきておいたスーパーの惣菜が並んでいる。 ご飯も電子レンジで温めて食べるレトルトのものだ。 「食器全部いれちゃったの?」 翔環は惣菜をつまみながら言う。 「うん。今日のご飯のこと全然頭に無かった、ごめんね」 別に申し訳無さそうに母は肩を上げて謝る風を見せた。 「まだ時間あるじゃん」 翔環は白米を口に入れる。 「食器終わったら、あとここの家財道具なんとかしないといけないでしょ…?」 母は箸を置き、リビングにおいてある家具を見渡す。 「それと、ゴミの分別に、役所行って…」 母は指折り数えながら思い息を吐く。 「親父は手伝いに来ないって言ってたよ」 言った翔環は白米を箸で突く仕草をしながら、上目遣いで母の表情を見る。 それを聞いた母はそんなのわかってましたよと言わんばかりに「はいはい」と呆れた返事をする。 「あのひとはいいから…。今日も全然手伝ってくれなかったし、全部私がやればいいんでしょ」 母は嫌味ったらしく言うと、大げさにため息をつく。 「手伝うよ」 「ありがとう。やっぱ、翔環がいてくれてよかったあ」 母は遠くにいる父に向けて言うように大きな声で行った。 翔環は小さく微笑んだ。 安心した母は惣菜をつまんでいく。たまに落ちると母は指で取って食べる。父がいる時は丁寧にゆっくりと、食べるの遅いなと父に舌打ちされながら言われるほどゆっくりと食べる。 食事を済ませ、風呂に入り、部屋着姿の翔環は自室の真ん中に足を組んで座り、まだ10時30分という寝るには微妙な時間だ、さあどうしようと壁に掛けたままのダンボールを見つめていた。 立ち上がり、うつ伏せに、枕を胸の下に挟めてベッドに横になる。スマホを持ち、ゲームアプリを開く。 ’’SSレアプレゼントキャンペーン!18日まで’’ アプリのお知らせの項目を見る。すでに受け取り済みの表示になっている。 昨日と、一昨日とかわらない。 ゲームはできるところまではすべてクリアした。 今は新しいイベントが来るのを待つしか無い。 スマホから手を離すと画面が下になるようにベッドの上につっぷした。 仰向けになる。隣のリビングからにぎやかな音が聞こえる。 母は動画配信アプリで配信されている番組ばかりを見る。テレビ番組は退屈だからとニュース以外観なくなった。翔環はそうは思っていなかったから、テレビ番組をテレビで見れないことに寂しさを感じていた。 今日はお笑い番組でもみているのかもしれない。 時々、大勢の笑い声に混じって母の笑う声が聞こえる。 音が消えた。 母も寝る時間だ。 翔環の部屋から遠のいていく足音。 カチッと照明を消す音。ドアが開き、閉じる。母はリビングから出た。 白い照明だけが照らされる音の無い自室。 他に人は居ない。 手に触れるベッドのシーツの肌触りを敏感に感じる。 ここに自分はいる。 自分はもうすぐひとりになる。 この無音の空間がなによりも怖かった。 家族がいなくなる。 いや、いなくなることを考えると自分には家族がいたのかどうかも疑わしい。 気がつけば自分はこの家にいたじゃないか。 写真を見ても母親が自分を産んだという覚えはないし。 だから養われているのが不思議だった。 どうしてこの人たちは俺にご飯を与えるんだろう。 どうしてこの人たちは俺をこの家に置いてくれるんだろう。 愛されていた証拠がない。 証拠もできてないまま父と母は自分の元からいなくなる。 翔環はスマホの時計を見る。 11時半。 翔環は部屋の電気を消す。 真っ暗な部屋の中でカーテンの隙間から街明かりが顔を出している。 布団をかぶり、隠れるようにしてスマホの写真アプリ開く。 アルバム ’’あ’’ を押す。 望遠で取られた翔環が夕方見ていた向かいのマンションのベランダが映されている動画が画面いっぱいに表示される。 翔環は指で押す。 画面をズームしたせいで画面は荒いけれど、確実に隣マンションに住む住民の男性がベランダで洗濯を干している姿が写っている。 住民は男性で、常に色の無い服を着ているようだ。 拡大すると、顔の部品は細かくは見えないが、細身で長身の男性ということがわかる。 いつか、あのマンションの前を通ったときに端正な顔だちの男性を見かけた。着ている服が似ていたから、きっとその人だろうと翔環は想像した。 男性はいつも午後4時ごろに帰宅し、前日に干した洗濯物を部屋に取り込み、誰かと部屋に向かって誰かと話をしながら戻っていく。もしかしたら結婚しているのかもしれない。 だけど今まで、彼以外の姿をベランダでみたことが無い。 翔環は彼の職業を考えた。 いつも私服姿だから、デザイナーかなんか、私服でも大丈夫な仕事かもしれない。なら部屋には仕事道具のパソコンが壁につけるようにして置かれた机の上に乗って置かれているかも知れない。 デザイナーだから、本棚には大量の専門書がある。 そして、十分すぎるほどの給料を持ち、奥さんには記念日や誕生日に高級レストランで食事をする。たまの休みには国内外を旅行してまわる。 性格も良く、奥さんが傷つく言葉は言わず、毎晩隣で寝てくれる。 きっと優しく抱き締めてくれるにちがいない。 翔環のかぶる布団の中は心地よいくらいに暖かくなった。スマホを持つ手に布団が重なる。もこもこの素材の布団。さらさらと自分の肌に触れる。 暖かかった。 翔環は目を細めた。 ベッドにこすれて、足首がさらされた。布団が意思を持っているんだ。 そう思うと全身で羞恥を感じた。意思を持てばそれはものじゃなくなる。 首筋に心地よい感触が触れ、思わず、身体をよじった翔環。 部屋は暗い。視界に部屋以上に黒く染まった毛布が自分の身体にかぶさっている。 翔環には変形して、人の頭に見えた。 向かいの住人の顔が浮かび無意識に当てはめた。 住民が翔環の上から身を預けて来る。 翔環は後ろに腕を回し抱き寄せる。 力なく布団は伸縮するけど、構うものか、と翔環は毛布に口先を押し付けた。
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