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 君の視線の先に気づいたのはいつからだろう。  気がつけば君の視線の先にはいつも彼女がいた。  川村はのん。なんだか指の練習をさせられそうな名前の彼女は校則違反の赤毛にパーマ、スカートだって短い。いつもバッチリメイクで自分をかわいいと思っていて、それを利用するタイプの女子だ。  正直、僕は彼女が苦手だ。べつに名前があのキチガイじみた練習曲集みたいだからってだけじゃない。なんというか、こちらの内面を暴こうとするような視線が苦手だ。 「蓮、お前また川村のこと見てるだろ」  卓也が不満そうに言う。 「まさか、向こうが僕を見ているんだよ」  実際、時々目が合うのだ。向こうだってこっちを見ている。 「蓮……川村みたいなのがタイプなのか?」 「全く。指が攣りそうな名前してるなとは思うけど」  名簿で名前を見る度に苦手意識が過るのは、帰宅後の過剰なレッスンを思い出すからだろう。  僕の母はピアノ講師で、自分がなれなかったピアニストの夢を僕に押しつけようとしている。進路も音大を目指せと勝手に願書を取り寄せているくらいだ。 「お前がモテるのは知っているけど、タイプじゃないなら期待させるような視線を向けるなよ」  釘を刺す姿に呆れてしまう。  川村は彼氏がいるし、卓也は声すらかけられていない。  僕がモテることは否定はしないけれど、それは男子でピアノが弾けるだとか家がそこそこ裕福だとかそう言った点で、僕自身の人間性が評価されているわけでもない。むしろ、僕の方が女子は対象外なのだ。 「安心してよ。僕にも選ぶ権利があるから」  勿論。卓也にも。  気づいて欲しいだなんて口が裂けても言えないし、出来ることなら永遠に気づかれたくない。  卓也にだって選ぶ権利があるのだから、僕の身勝手な想いに気づかれたくはない。 「蓮、綺麗な顔してるくせにきついこと言うよな」  卓也は呆れた様子を見せる。  別にきついことを言っているつもりはないのに、どうも僕は誤解されやすいらしい。  少しだけ、モヤモヤする気持ちを抱えながら、始業のベルで会話を中断した。
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