5.船乗りの娘

2/3
前へ
/29ページ
次へ
銀色の妖精に塔の中に閉じ込められた当初は、ここから出して欲しいと頻繁にお願いしていたアディラだったが、攫われてから時間が経つ内に段々と諦めて言わないようになっていた。 それに、アディラ自身、どうかしていると思うが、彼女を攫った妖精に対して、徐々に愛おしいと思いつつあった。彼は、ずっと彼女に対して熱っぽい眼差しで見て来たし、彼女が何かを望めば、塔の外に出る事以外は精一杯叶えてくれた。 実際に塔の下に咲いている白薔薇は、アディラが望んだから彼が用意してくれたのだ。 その切っ掛けは些細な事だった。 「アリアネ、なにか望みはないか。俺はお前の望みを叶えたい。」 そう言われて、アディラは考えた。 (多分、彼にこの塔の外に出してって言っても叶えてくれないよね。それならー。) 「そうね。私は花が好きなの。だから、綺麗な花を見たいわ。」 彼女はそんな大それた事を望んだつもりはなかった。ただ、この塔の中で閉じ込められて生活をするのに、花の一輪でも飾ることが出来れば、心の慰めに出来るだろうと考えたのだ。 すると、その銀色の妖精は塔の下に大量の白薔薇を咲かせたのだ。それは最早、薔薇園のようになっていた。 アディラは塔の一番下に備え付けられている窓から、その光景を見てびっくりしてしまった。 「これはあなたがやったの?!すごいわ!」 アディラがそう言うと銀色の妖精が誇らしげな表情をした。 「ああ、花を咲かせるのは繊細な魔力操作が必要だから大変だったが、お前の望みだったからな。そうやって喜んでくれると、俺も嬉しい。」 そう言った彼は真実嬉しそうで、彼女はふと自分が愛されているのだと実感してしまった。そうして、アディラと銀色の妖精は短い時間顔を見合わせると、そのまま引き寄せられるようにして口付けをした。 それがアディラの人生で初めてした口付けだった。 そうして、更に月日が流れると、彼女は銀色の妖精から別の女性の名前で呼ばれるのも、記憶にない話をされるのも慣れてしまった。そして、その頃にはアディラは彼に対して、すっかり恋に落ちてしまって、塔の外に出たいと思わなくなっていた。 だから、アディラは気になって、恋をしている銀色の妖精に、こんな質問をした。 「ねえ、私は前の人生と前の前の人生で、あなたの奥さんだったって言うけれど…。その記憶がずっと戻らなかったらどうするの?」 「それでも構わない。お前に初めて忘れられた時は、かなりショックだったが…。前回、お前を守れずに失った苦しみに比べれば、大した事ではなかった。今となっては、こうやってお前が生きて俺の傍にいてくれるだけでいい。」 しかし、そんな事を言いながらも、彼はアディラが前の人生とその前の前の人生の記憶があるかのような振る舞いをするのを止める事はなかった。ひょっとしたら、銀色の妖精の中でも整理できていない事なのかも知れない。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加