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アリアネがそのまま家に帰って、自宅の扉を開けると母親が出迎えてくれた。
「アリア。お帰りなさい。お仕事の方がどう?」
「ただいま。お隣のお姉さんから洋服に刺繍をして欲しいって依頼が入ったよ。それから、丘の上のおじさんから子供の服を仕立て直して欲しいって言われたわ。」
アリアネは洋裁のお仕事をしていた。それはこの母親から教えられたことだった。今となっては評判は上々で、洋服を仕立てる時は彼女に依頼したいと望む村人達も多い。
母親のアンドレラも娘と同じ仕事をしていて、そうやって親子二人は支え合って細々と生活をしていた。
この家庭には父親はいなかった。なんでも都会からやってきた若者に弄ばれて出来たのがアリアネで、その彼女の父親に当たる人間は責任を取ることなく逃げてしまったそうだ。
当時、仲間意識の高い村人達はその無責任な都会の若者に対して、カンカンになって怒ったそうだ。最も、アリアネが物心付いた頃には、全てが落ち着いていたから、全部噂で聞いた話だったが。
「ねえ、お母さん。私のお父さんってどんな人だったの?」
「どうしたの?急に?」
アリアネの母親は目を丸くした。
今までアリアネは自分の母親を傷つけるかも知れないと思って、父親のことを詳しく聞いたことは一度もなかった。でも、同い年の女の子達がどんどん結婚するようになって、どうしても話を聞きたいと思うようになったのだ。
そんな娘の気持ちを察したのか彼女の母親は口を開いた。
「そうね。明るくてハンサムな人だったわ。私が足を挫いて困っている所に、優しく声を掛けて助けてくれたの。一目惚れだったわ。そして、私に愛していると言ってくれて、あなたが出来たの。」
アンドレラは綺麗な声で歌うようにそう言った。
「愛していると言ったのに、どうして居なくなってしまったの。」
アリアネの口からどんな言葉がぽつりと零れ落ちてしまった。
彼女は思わず、しまったと思った。
泣かせたかも知れないと思って、アリアネは慌てて母親の顔を見た。
しかし、アンドレラは穏やかに笑っていた。
「仕方がないのよ。男女の愛は冷めるものだから。それに、私はあなたを得ることが出来たのだから、充分幸せだわ。」
「お母さん…。私もこの家に生まれて幸せだよ。」
アリアネはどうにかそう返事をして、母親に優しく抱きしめられた。
彼女はその優しい体温を感じながらこんなことを考えていた。
いずれ、冷めてしまう愛なんてそんなのは寂しいわ。村の言い伝えのように永遠に愛し合うことが出来ればいいのに。
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