ざまぁから始まる悪役令嬢のやり直し

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ざまぁから始まる悪役令嬢のやり直し

 その日、私は義妹を殺そうとした罪で断罪された。  私には婚約者がいる……いや、と言うべきか。婚約者であったはずの王子は、あろうことか私の義妹と浮気していたのだ。お父様が再婚した相手の連れ子なので血の繋がりはないがそれなりに上手くやっていこうと努力していたのに、この子は堂々と私の婚約者を寝取ってきた最悪な女である。誘惑されて簡単に篭絡される王子も同レベルだが。  国王夫妻が不在の間に執り行われた王子主催のパーティーで王子は私に婚約破棄を突きつけ、全く見に覚えのない山程の冤罪をなすりつけてきたのだ。  王子と親しくしているだけの義妹に嫉妬して散々嫌がらせをして、挙句の果てに殺そうとした。から始まり、国費の横領に書類改ざん、泥棒容疑にさらには庶民を拷問等など……。よくもまぁ、そんなにないことがペラペラと出てくるものだと逆に感心してしまった。いや、誉めてはないが。 「っ!何を仰っているのかわかりませーーーーうっ!?」  つい反論しようとすると、背後から誰かが私の肩を掴み、床に押し付けてきた。 「反省の色も無しとは、こんな女が公爵令嬢だなんてこの国の恥さらしだ!お前のようなを女を巷では“悪役令嬢”と言うそうだぞ!」  肩の痛みに耐えながら視線を向けると、怒りに興奮した騎士見習いの男がそこにいた。  あー、こいつは義妹の信者だわ。義妹は清楚な見た目に反して男心を扱うのが上手いようで、王子以外にも数人の高位貴族の令息が彼女に夢中になっているのだ。それにしてもこの男の父親は騎士団長だったはずなのに、厳格な騎士団の見習いが女性に暴力を振るうなんてこいつも最低である。しかし、私が“悪役令嬢”ならば義妹はさしずめ物語の“ヒロイン”といったところなのだろうか。  こうして私は反論すら許されず義妹の信者たちに暴言を吐かれ、証拠も何もないまま捕らえられ牢屋に放り込まれたのだった。  しばらく静寂な時間が過ぎるとーーーー 「無様な姿ね、お義姉様」  いつもの清楚な微笑みではなく、ニヤニヤと口元を歪めた義妹がひとり牢の前に立っていた。 「……なんのようかしら」 「あら、負け惜しみ?いやね、惨めな女って!」  そうして義妹は聞いてもいないのに今回の騒動の真相をペラペラと話し出す。私がうつむいて拳を作る姿を目にして、さらに楽しそうに口を動かした。 「だから、ぜーんぶあたしが仕組んだことなの」  義妹曰く、同じ公爵令嬢なのに私が王子の婚約者であることが気に入らなかったから、誘惑して寝取ってやった。王子は欲求不満だったのか簡単に心変わりをした。イジメや殺されそうになったのも、もちろん自作自演。そして最初は私に好意的だった令息たちにも嘘を吹き込み敵対心を植え込んでやった。とか。宝石を買うために王子に頼んで国費を使い込んだり憂さ晴らしに庶民を拷問したがバレそうになったから私がやったように見せるために書類を偽装した。とか。 「どう?悔しいでしょ?!」  義妹は興奮してるのか、頬を紅潮させ目を輝かせながら一気に捲し立てるように言い切ると肩で息をしながら私の反応を待つ。きっと、私が悔しくて取り乱すのを期待しているのだろうが……。 「そんなこと、全部知っていましてよ」 「え」  俯いていた私があげた顔がにっこりとした余裕の笑顔だったからか、義妹はぽかんと口を開けていた。  私がパチン!と指を鳴らし合図を送ると、それと同時に無造作に積み上げられた荷物の影からとある人物が姿を現す。義妹はその人物を見て、今度は顔色を悪くしながら体を震わせた。 「あ、あなたは……隣国の皇太子様……!」  それは、先程の断罪パーティーに招待されていた重鎮。王子が義妹を意気揚々と紹介していた光景は記憶に新しいだろう。  そう、皇太子は実は私の協力者で、義妹の話を全部聞いていたのである。 「まさか、この国の王子から“可憐で清楚な妖精のような人”と紹介された令嬢が、自分の義姉から婚約者を寝取りさらには冤罪を擦り付けようとしていたなんてね。……僕が生き証人だ!この女を捕らえろ!!」 「い、いやぁぁぁ!これは誤解よぉ!」  こうして義妹は捕まり、王子や義妹に心酔していた令息たちもそれぞれの地位を追われ断罪されることになったのだった。それはもう、いっそ死刑になった方がマシかもしれないようなとても残酷な方法で……。 「やっと静かになりましたわ」  公爵家の庭にあるガゼボで紅茶を飲みながら、ほっと息をつく。義妹は血の繋がりが無くても一応公爵令嬢だ。横領の件について調べられる事になり最近まで騒がしかったからさすがに疲れを感じた。まぁ、当主であるお父様はもちろん、義妹の母親……お義母様も無関係ですのでなんの問題もないですが。私にとって継母にあたるお義母様は本当にいい人なのに、義妹はどうしてあんな風になってしまったのかしら?私に嫉妬していたようだけど、隣の芝生は青いとはよく言ったものね。お父様はあなたには私のような政略結婚ではなく、自由な結婚をして欲しいと望んでいたのに。 「君のおかげでこの国の国王に牽制をかけれたよ。最近不審な動きが見え隠れしていてね、我が国の優秀な貴族を取り込もうとしているんじゃないかと疑っていたんだ。だが、王子が起こした不始末が国を揺るがす大事になってしまってそれどころじゃなくなったようだ。婚約者の義妹と浮気してその婚約者を勝手に婚約破棄して冤罪で断罪しようとしたんだからね、それも自分で呼んだ隣国の皇太子や貴族たちの目の前でだ。そんな無様な王子がいる国に取り込まれようとする貴族はいない。王家の名前に泥を塗られた国王の慌てふためいた顔を君にも見せたかったな」  私の向かい側で同じように紅茶を飲んでいるのは隣国の皇太子だ。一応お忍びなのでウィッグを被り変装しているがどうにも皇族のオーラが隠しきれていない気がする。あの後、王子たちがどうなったかを報告しにきてくれたのだが私はこの人が苦手だ。用が終わったなら早く帰って欲しいと思う。 「よかったですわね、あなたの思い通りに事が進んで。ではさっさとお帰りください」 「ふふ、冷たいなぁ。僕と君の仲じゃないか」 「誤解を生むような発言は品がありませんわ。……まぁ、ひとつだけあの王子も正しい事を言っていたので、私もまだまだですけれど」 「どうしてわかったんだろうね?まさかあんな男に絆されて口を割ったわけじゃないだろうに。君のことを“悪役令嬢”だと馬鹿にしてたんだろう?」 「私はそこまで愚かではありませんわ。悪役令嬢でもなんでもけっこうですけれど、誰も知らない秘密なんですからあなたも簡単に口になさらないようにお願いしますわね」  少し冷めてしまった紅茶を飲み干し、皇太子がニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。そう、それは、私と皇太子だけが知る秘密。  あのとき、王子は確かに言った。「お前には泥棒容疑がかけられている」と。その他の罪は全てでっち上げだったが、これだけは正しかったのだ。おかげでちょっぴり驚いてしまったが、どうやらこれに関しても証拠などはなく適当に付け足しただけだったようだ。というか、そんなことわかってるくせにイチイチ口にする皇太子の意地の悪さが苦手なのである。今までもなにかとすぐ人をからかってくるのは彼の悪い癖だと思う。 「正確には“泥棒”ではなく、“怪盗”ですし。だいたいせっかく普通の令嬢として生きようとおとなしくしてきましたのに、皇太子殿下が最初に暴いたのではないですか。悪趣味でしてよ」 「ははは。まさか、伝説の怪盗一族の末裔に出会えるなんて僕は幸運だったよ」  実は私の亡きお母様がとある怪盗一族の生き残りだったのである。怪盗の技は一子相伝で、お母様は全てを受け継いだものの怪盗稼業に手を染める事なく家出をしたそうだ。勘当同然で出てきたお母様だったが偶然居合わせた倒れている老人を助けたところ、なんとその老人が伯爵家の当主だったのである。そして子供が居なかった伯爵夫妻は行く宛のないお母様を養女に迎えたのだ。こうして伯爵令嬢となったお母様は全てを隠したままお父様と出会い結婚。一人娘の私に一子相伝の技を伝えたものの「普通の女の子として生きて欲しい」と願って死んでしまった。 「永遠に隠し通したかったのなら一子相伝など守らずに忘れてしまえばよろしかったのに、全てを私に押し付けて夫の胸の中で死んだわがままな母でした。早すぎる死でしたが、幸せそうな顔でしたわ」 「君の御母上は、怪盗稼業は嫌だったが一族の想いは継ぎたかったわけだね。さすがは、“弱きを助け強きを挫く”と伝説になった一族だ。その昔、虐げられる平民や下位貴族を救いひとつの国を変えた事は今でも語り継がれているよ。君はちゃんとその想いを受け継いでいる」 「そのせいで、皇太子殿下に正体を見破られてしまいましたけどね」  私は皇太子を追い返すのを諦めてため息混じりに言った。それは学園で義妹が私に罪を擦り付けるために他の令嬢から盗んだ私物を私の荷物に入れているのを知り、その令嬢が気付く前にこっそりと元に戻したりしていたのをなんとこの皇太子に目撃されてしまったのだ。私の早業に気付くとはこの皇太子もなかなかのくせ者だ。  そして皇太子はあっという間に私のお母様の過去を調べ上げ、私に近付いてきたのである。 「お母様の過去をバラされたくなければ協力しろなんて、とんでもない脅迫でしてよ。そんなことが知られたらあの王子のことですものそれこそ鬼の首を取ったかのように婚約破棄の材料にしてきますわ。あの王子からしたら伝説とか内容などどうでもいいのですもの。そんなことで婚約破棄となったらいくら知らなかったと言っても公爵家の有責となり公爵家は破滅……お母様の守りたかった物を守るのは私の役目。まぁ、私も政略結婚とはいえあんな浮気者と結婚するのは嫌でしたから、上手くいけば公爵家にはお咎めなしとして取り計らって下さると約束してくださったから今回限りで協力したまでです」  結局、私と皇太子は手を組んだ。証拠となるものを盗み出すのは簡単だが、私には王子の婚約者として監視者もついていたので毎回気付かれないように動くには無理がある。だから皇太子に目眩ましになってもらったおかげでかなり動きやすかったのは認めるしかない。それに、ついでに一部の教師や上位貴族の不正の証拠も盗み出せたし、これで虐げられていた下位貴族の令嬢たちも過ごしやすくなるだろう。 「一応、お礼は言っておきますわ。私は王子の有責で婚約を白紙に戻せましたし、お義母様には気の毒ですが目障りな義妹も始末できました。これでも上手くあしらおうと思っていたのですが、あまりに突っかかってくるので少し嫌気がさしていましたの。  ……でも、これで終わりですわ。もうお会いする理由は無いでしょう。さようなら、皇太子殿下」  私は立ち上がり、そっと淑女の礼をした。私は婚約を解消できたし、皇太子は国の平和を守れた。もう一緒にいる理由はないのである。  すると皇太子はさっきまでの余裕な笑みをやめ、椅子から立ち上がった。 「待ってくれ、実は君に見せたいものが……」 「指輪ならいりません」  ワタワタと自身のポケットを探り出す皇太子の前に、ポイッとリングケースを放り投げる。それを慌ててキャッチした皇太子は私を「いつの間に」とジト目で見てきたのだが、余裕そうにみせかけて時折ソワソワとポケットのあたりを触っていたらなにかあると思われて当然だ。何を隠しているのかと盗ってみれば、まさかの物だったわけである。  だから、この人は苦手なのだ。  意地悪だし、義妹の誘惑にも惑わされなかったし、すぐからかってくるし、私の事情を知っても対等に扱ってくれるし……。  この人と一緒にいると、心臓がうるさ過ぎて一子相伝の技も上手くいかなくなりそうになるのだ。 「まったく、君には敵わないな。僕には何も言わせてくれない気かい?」 「だって、あなたが悪いんですわ。私の“怪盗”として受け継いだ矜持をどうしてくれますの?」 「えーーーー」  “だって、怪盗が心を盗まれるなんて……あってはならないことですのよ。”  私は彼にそっと近付き、耳元でそう囁いたのだった。  心を盗まれた怪盗は、もう怪盗ではいられない。お母様はお父様に心を盗まれてやっと怪盗一族の娘ではなく、普通の女の子としてやり直せたのだと言っていた。  ならば私もやり直そう。悪役令嬢でも怪盗でもなく、ひとりの女として……。  私は皇太子殿下に言った。 「ちゃんと出会いから、やり直して下さいね?」と。  後日、とあるパーティーの場で隣国の皇太子がひとりの公爵令嬢に公開プロポーズをしたそうだ。皇太子は「偵察に行った学園で見かけた時から気になっていた。何度か挨拶をするうちにもっと好きになった」と告白した。その後、公爵令嬢の指には美しい指輪が煌めいていたという。 終わり
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