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「ウフフ、あなた♡」
「ははは、なんだい?」
イチャイチャする新婚夫婦の下へ。
「ズズズッ、はあ~。今日も平和じゃ」
茶を啜るご婦人の下へ。
「ああー標様が私を貰ってくんねえかなー。ヒック」
やけ酒三昧やさぐれ女の下へ。
「…………喝!」
族長夫人、マンハッタンの下へ。
御伽衆と名付けられた影の者たちが出現した。
「緊急事態ですっ!今すぐに用意を!」
イチャイチャも、安穏としたひと時も、御伽衆配下たちの出現と、緊急事態という言葉に、表情が引き締まる。
「容態は!」
「下半身が……その……」
口籠る若手御伽衆。
それに苛立ったのは、新婚でまだうら若い女性だった。
「下半身てのはどこなの?チ○コ?標様のことだからチ○コなんでしょ?」
「は、はい」
やさぐれ女の酔いは覚め、御伽衆の襲来を予期していた族長夫人マンハッタン、この両名は何も聞かずにただ一言。
「行くよ!」
そう言って影に沈んだのだ。
彼女たちこそ、何を隠そう魔族の癒し手「木曜こそでしょう」である。
影から飛び出す「木曜こそでしょう」の面々。一様に緊張感を湛えているが、どこか楽しみを忘れない子供心のようなものがある。
出来立ての娼館はとても清潔で、とても綺麗なものであったが、不思議な光景を目の当たりにした彼女たちは、感嘆の言葉を漏らす間もなく、すぐさま戦闘態勢に入った。
「このエルフが何かしたのかな?タケ子さん」
「しゃーなあー。よー分からんわにゃあ」
タケ子は「木曜こそでしょう」の次鋒、冷静沈着な思考と鋭い観察眼で、村に流れる噂から隣人のスキャンダルを白日に晒す、探偵調薬師だ。
キョロキョロと辺りを観察し、最善な治療法を探し求めるのは、「木曜こそでしょう」先鋒で新婚のウメ子。結婚するまで男を知らなかった分、生殖器や性病、性交時に起きがちな負傷や分娩まで、性に関する豊富な知識で患者の苦しみの元を発見する、性の探訪者だ。
「ったく、結婚してくれれば、何でもしてあげるってのにさあ」
ボヤキながらも標様の患部を凝視するのは、「木曜こそでしょう」副将のマツ子だ。
嘔吐や失禁、族長への暴行や、行きずりの男との情事まで、ありとあらゆる酒の失敗をモノともせず、胃もたれ、胸焼け、二日酔い上等、おっさんのような体調でも、あらゆるケガを縫合してきた外傷治療のスペシャリスト。
結婚への熱き想いを胸に、今日も酒を呷る、呑兵衛のやさぐれ女だ。
「ディキよ、状況説明を。マツ、タケ、ウメは治療法を考えておきなさい。ふーむ、どうしてこんな事になるのです、標様」
族長の妻であり、魔族たちを癒やしてきた、慈愛の母マンハッタン。
言わずもがな「木曜こそでしょう」の大将であり、副将以下からは、愛情を込めてマ◯子と呼ばれている。マンハッタンと子を組み合わせて、マ◯子だ。
「マ◯子様、この腫れは毒かもしれません。我々も警戒したほうがよろしいのでは?」
「毒はあり得ん。ディキやエルフが生きておるのが証左になろう?それから、その呼び名は止めい」
本人はマ◯子という呼び方を嫌っているため、「木曜こそでしょう」の会員からは、マン姐さんと呼ばれている。
たまーに新入りのウメ子が間違えると、今のようにマン姐は注意するのだが、そこにはやはり慈母たる優しさが溢れているのも、彼女の慕われる所以である。
「娼館を建てるということで、奴隷を買い入れ、面接をするということでした。ケケッ」
「……それだけなのかね?」
「申し訳ありません。モヒートが付きっきりでしたので、私は別件に対応しており……ケケ」
「目を離していたのだな。してモヒートはどこにおる?」
「ケケケ、そろそろ来るかと――」
ディキの言葉通り、ドタドタと重たい足取りが近づき、軽いドアを思い切り開け放った。
バアンッとけたたましい音の奥から、息も絶え絶えのジョン、もといモヒートが口を開いた。
「ぜえ、ぜえ。も、申し訳、ありません。一体何が……」
目に飛び込んだのは、浮き出た血管が黒ずみ破裂寸前になっている陰茎と、白目を剥いて倒れているジローの姿だった。
「ジ、ジロー!」
顔面蒼白になり、慌てて駆け寄るモヒートだったが、ジローへ辿り着く前にズッコケた。
足を引っ掛けた女がいたからだ。
眉を吊り上げて目下の男を睨みつけるマツ子。
今にも殺してしまいそうな怒りが顔に表れ、どす黒い魔力が溢れている。
「仕事放ぽって何してたんだ?」
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