第7章 馴れてゆく身体

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第7章 馴れてゆく身体

恐ろしいことに、こわごわと登校した翌朝の週末明け月曜日の学校は。本当にそれまでと何一つ変わらない、いつも通りの様相だった。 その日は朝から同じ教室の中に、また廊下を歩いてるときすれ違う中で。何人かああ、この人。何となくぼんやりの印象でだけど確かあの場所にいた気がする、って思える生徒に出くわした。 だけど彼ら彼女らは、まるで特にこちらを意識した風もない。…あの日あの穴蔵みたいな『神殿』の中で、性の狂乱の祭事に参加してた若者たちは見た感じほぼ一人の例外もなく、目を異様に爛々と輝かせて前のめりでわたしの痴態に見入ってたはず。 だから、わたしがあのときステージに上げられて衆人環視の中で陵辱を受けた張本人だってことはみんなちゃんと承知してると思う。会場の広さとステージとの距離感から言って、顔を見分けられないほどお互い離れてたわけじゃないし。 そもそも、双子や水底さんの口振りからして夜祭家の跡取りを産むのは外から来た新しい血筋の者の役目だと、村では頭から決まってるみたいなので。 ここ数年、外部から転入してきた若い女の子はわたしだけなんだったら。下手したら高校に転入生がやってきた時点で、ああ、この子が当主の嫁候補か。とみんな、あえて宣言されなくても最初からうっすら察知してたはずだ。 だから高校の学友たちも、あの薄暗いステージの上で晒されてるわたしを見出しても特に驚いたりはせずにあ、ついにか。とかやっぱりな。とか内心で密か納得した程度だろう。前もって知ってた事態をこの目で確かめた、ってくらいのことだったように思える。 だけど恐るおそる登校した月曜日にも、その翌日、また翌々日にも。誰一人わたしに意味ありげな目を向けたり、含み笑いを見せたりする子は現れなかった。 これであなたも秘密を分け合う村の仲間入りだね。みたいな態度も取られなかったし。性的な話題を誰かに振られたりこっそり触りに来たりするやつもいない。本当にごく普通、今までと同じ空気だ。呆気なさ過ぎて何だか拍子抜けする。 これが、あの日あの場に居合わせた人たちがもとよりごくごく限られた秘密のメンバーで、内輪の話を絶対に外に漏らさない厳しい縛りがあるっていうんならまあわかるけど。…とわたしはそれでもまだざわつく胸の内を抑えて、なんとか理性的に頭の中を整理しようと試みた。 双子や水底さんの話を信じるなら、村の人たち全員が生まれたときから周知のこととしてこのシステムに加担してるわけで。村民だけが居合わせてる場でならこの手の話題を持ち出しても平気、って思うやつが出てくるのはいかにもあり得そうだし。今わたしがこうして普通に接してる友達、綺羅や美憂たちだって週末にあったことをもうとっくに知っててもおかしくないはずだ。 そんな風に考えるのは全てわたしの疑心暗鬼のせい、だけじゃないとは思うんだけど。…どれだけ内心で疑ってみんなの様子の変化を伺おうとしても。誰からもまるで綻びが見つからないのが、それはそれで。…かえって気味悪い。 特に一番気が重かったのが、やはり岩並くんの上に表れるかもしれない変化だったんだけど。彼もやっぱり、見事なくらい何か知ってるような素振りは微塵も見せなかった。 それぞれ、学校でみんなといるときはさすがに表に出さないのかな。帰り道や外で二人きりになったときはちょっと表情に出たりこっちの様子を伺って話題に持ち出してくるかも、と構えてたけどそれも結局なし。友達も彼も、他の人の目や耳もない場所でわたしと一対一になっても本当にその件についてはまるでおくびにも出さないままだった。 これは、身の周りの親しい友人たちはどうやらまだ何も知らない。あの場に居合わせた人たちは口が堅くて外でその話をしないから依然秘密が保たれてる。って確証があればとりあえずそれはそれでいいんだけど。 この村のことだから、みんなとっくに何もかも知ってるけど縛りを守って口に出さないだけ。本当はわたしの立場もあそこで何があったかも既に全て共有されてるって可能性がないことはない。だから、もしもわたしの気持ちを考えて気を遣って黙ってくれてるんだとしても。結局のところどこまで知られてるんだろう?って懸念は晴れないままだから笑って話してても居心地は悪くて、もやもやするんだよなぁ…。 「それは本当に気にしなくて大丈夫。普段普通に生活してる場面でそんなこと持ち出す村の人、絶対にいないから。柚季ちゃんもそんなの全然知りませんって澄ました顔して、今まで通りクールに振る舞ってればいいのよ」 翌週、再びお招ばれしてびくびくしながら夜祭家でいつもの週末を過ごすため訪れたわたしに、水底さんはけろりとしてそう告げた。 また何かされるのかな?とめちゃくちゃ身構えてたけど(それでも、お誘いがいつも通り父親経由だったから。とりあえず迎えに来た車に乗るしかなかった)。普段通りに運転席に漣さんだけ、凪さんは同乗してないのを見て少しだけ警戒を解いた。少なくともこの車に乗った往きの道程では、わたしは何もされずに済みそうだ。運転中に身体を触ったりは出来なさそうだし。
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