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「え、どうしたの早川。今日めっちゃ寝るじゃん」
「あー、まあ、寝不足」
普段真面目に授業を受けていた人が一日全部寝ていたとなれば、気になって声をかけるクラスメイトがいるのも当然だった。
あらゆる教科で寝続けたが、本当に寝不足だった訳では無い。自分でも幼稚な真似だと思うけれど、実際はただの不貞寝だった。
変な睡眠を取ったせいでかえって増えた欠伸を噛み殺す。
放課後は、昼間は集まった3人も各々の活動に散らばってしまった。方や何にも所属しない俺は、生徒手帳に記されるところの『部活動及び委員会活動時間』が宙に浮き、フラフラと図書室や自習室を活用していた。
校舎を彷徨う足は何気なく図書室に向く。学内でも静かな棟に位置していて、近づくほどに人気は無くなっていく。
――お
この時間の利用者が滅多にいないここにしては珍しく、俺が来る前に電気が付いていた。折角ここまで来たが、先客が居るところに入るのは気が進まない。
どうしようかと、扉に手をかけたまま入室を躊躇った。
「――」
微かに声がした。部屋の中からだ。よく聞けば、耳障りな嬌声のような声。場違いなはずのそれが、認識された途端に鮮明さを増す。
考える間もなく踵を返した。手放したドアノブが小さく音を立てる。
自分の足音だけがする廊下で、階段で、耳にこべり着いたものが消えない。
聞き間違えであって欲しかった。ありえねえと切り捨ててしまいたかった。けれど、それが通らないことをこの二年をもって知っていた。
早く立ち去れと脳内で警鐘が鳴る。重たい石で蓋をし、厳重に閉じ込めていたものがカタカタと揺れる。
図書室のある三棟から抜け出しても、身体中を駆け巡った鳥肌と震えは収まらない。
――帰るか
やや思案した後、勉強を諦めて帰宅を決める。少しでもいいからと、この場所にはありもしない心の平穏を切望した。
「早川」
「…お疲れ様です」
あと少しのところだった。行く手に知った顔を見つけ、歩みを止めざるを得なくなる。普段は安心する顔にも心は動かない。
「久しぶりだな。調子はどうだ?」
最悪だと、そう吐き出してしまいたい思いを噛み殺す。今はいち早く自分の部屋に篭ってしまいたかった。
「ぼちぼちです」
「そうか」
ならいい。と、彼は頷く。その割に、メガネの奥から覗く鋭い目がこちらを捉えて続けていた。どれ程分厚い壁の先でも見透かしそうなそれから逃げるように頭を下げる。
「すみません。ちょっと急いでて」
「悪かったな。無理はするなよ」
「はい」
窺えば、今度はそれがふっと緩む。
相変わらず察しのよすぎる先輩だ。彼―小鳥遊楓は、どんな時であれ邪険に出来る相手ではない。
再度頭を下げ、やっとその姿を現した目的地へ急ぐ。彼が何故ここに居たのかは気にならなかった。いつもと違う事の連続だったので、いちいち差異に囚われてはいられなかったのだ。
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