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 僕は青葉さんに気付かれないように少しそっぽを向いてため息をついた。和未さんのバカ。  心臓が軋むように鳴り、痛い。時々息を意識的に吐かないと詰りそうになる。  足許ではスキーヤーがまたスピードを上げて背の高い粉雪の波に乗っていた。さあっと舞い上がる粉雪がきらっと輝く。  彼女にはかっこよくない姿など見せられない。僕は鼻腔に冷たい空気が当たるのを感じながら深く息を吸って吐いた。 「やっぱりどうかした? 体調でも悪いの?」  青葉さんがまた声をかけてきた。今度は僕の顔を覗いている。  僕は慌てて答える。緊張なんて察されたなら格好がつかない。 「いや、全然。今滑っていった人上手いなって」  僕がそう答えると、青葉さんは僕の背中の後ろからゲレンデを見てさっきのスキーヤーを目で追う。 「本当だ。綺麗なターンね、かっこいい」  青葉さんは見惚れたように見えた。また僕に緊張感が走る。 「口数が少ないから楽しくないかなって思った」 「そんなことないよ。とても楽しい」 「それならいいんだけど」  彼女はそう言うと、正面を見た。 顔と言っても帽子とゴーグルで上半分は隠れている。しかし、露わになっている頬は透き通るような色で、今は冷たい風にあたって少し赤い。さっきお昼ご飯を食べたときには朝やったメイクが落ちてしまったと言っていたけれど、そんなの関係ないと思えるほど、彼女の横顔はゲレンデの白銀に溶け込んでいる。  これがスノーマジックというやつか。  僕は大城さんの言葉を思い出して、青葉さんの横顔に見惚れた。  いやいや、いけない。自分がスノーマジックにかかってどうする。今回は僕が彼女にかけなければいけないのだ。  僕はまた小さく息を胸で吸って吐いた。 「青葉さん」  僕は勇気を持って彼女に声をかけた。 「はい」  彼女は振り向く。僕の心拍数は急上昇していく。心臓をぐっと握られているかと思うほど呼吸も浅くなる。  それを落ち着けるように今度は思いっきり鼻から息を吸って深呼吸した。ウエアの上からでもはっきり胸の動きが分かるほど大きく。 「この頂上から一本滑って麓に降りたら伝えたいことがあるんだ。いいかな?」  僕は緊張を押し殺してなるべく普通のトーンを心掛けてそう伝えた。雪がたくさん積もっているのに唇と喉が渇いていくのが分かる。 「分かった。いいよ」  彼女は快くそう答えた。  僕たちの乗るリフトは次々と支柱を通過し、ぐんぐん頂上に近づく。それに比例して、僕の緊張度合いも増していく。  告白するんだ。ついに。きっちり、でもかっこよく伝えるんだ。ドジをしてはいけない。  僕は最後の支柱のあたりでリフトの安全バーを戻すと、もう一回深呼吸をした。今度は青葉さんがそれに気付いているかどうかなんて気にする余裕なんてなかった。  かっこよくスマートに滑って、想いを伝えるんだ。  頂上のリフト降り場がだんだん大きくなっていく。僕はスキー板の足先を揃えた。 そして、いよいよと覚悟を固めてリフトから腰を上げた。
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