日常から離れる瞬間

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日常から離れる瞬間

1. 静かな部屋でアラームが鳴り響く。 《ピピピっピピピ…》 「ぅぁあ…」 畳に手をついて体を起こす。 スマホから出ている光線のような強い光は朝4時を示していた。 シャっとカーテンを開ける。 外はまだ暗い。 家には誰もいない。 兄は去年トラック運搬の仕事中に交通事故で死んでしまった。 母はショックで倒れ病院で入院、医者から社会復帰は難しいとの事だった。 父は生まれた時にはもう死んでいて顔も見たことがなく、その存在を知ったのも小学2年生の時だった。 生きているのか死んでいるのかも分からない。 今母を支えられるのは僕だけ。 とにかく学生の身で出来て稼げることは全てやっているつもりだ。 全てのバイトの月の合計収入は20万円。 母が保険に入ってくれていたのと貯金がまぁまぁあったという事もあり、なんとかやりくりできている状況だ。 だが、貯金も放っておけば底をつく。 毎月5万円口座にプラスして貯金額が底をつくのを先延ばしにしている。 今日もバイトに行かなければ。 これから新聞20枚を近所の人に6時までに届けるのだ。 遅れるわけにはいかない。 「行って来ます」 誰もいない静かな家にそう言い捨てると、僕は出かける支度をして、足早々と家を出た。 2. 新聞の配達は誰とも喋る事がないので集中出来る。 それがつまらないという人もいるが、僕はそういったことは一度もなかった。 僕が一日で唯一楽しいと思える時間なのだ。 「最後は…、清水さんのとこだな」 ポストに新聞を入れて携帯を開く。 時刻は5時48分だった。 「もうこんな時間かぁ…」 バイトが終わり、そろそろ家に帰ろうとしているとトントンと肩を叩かれた。 近所に住んでいて僕と仲がいいお爺さん。 蜜楼(みつろう)爺さん、通称みつ爺だ。 「こんな朝早くから精が出るなぁ門司茂(もじも)」 「蜜楼爺さん!おはようございます」
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