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平成初期の話である。
忘年会シーズン。ある会社の新入社員である私は、一次会、二次会……、と上司にしこたま酒を飲まされた。
その結果、私は前後不覚、帰るのも危うかったが、なぜか意地を張ってしまい、「一人で帰れます」と、タクシーを使わずに徒歩で帰った。
冬の深夜。風は冷たく、酒で火照った体に丁度良かったのを今でも鮮明に覚えている。
少し酔いが覚めたと感じた私は煙草を吸いながら歩き「水夏公園」という公園へ寄り道をした。
確かここの公園は、私の幼い頃は「すいか公園」だった。だから私はてっきり西瓜が埋まっていると思って、そこらじゅう掘り返して回っては落胆していた。それがいつの間にか「水夏公園」という名前になり、「すいか」は「水夏」のひらがな読みだったのだと知った。
そんな幼い頃の思い出に浸りながら公園のベンチに座って煙草をふかす。当時は今時分と違ってどこでも煙草が吸えたのだ。
紫煙を燻らせ、幼い頃よりも狭くなったような公園のそこかしこを掘り返した記憶を辿っていると、再び酒が回って眠くなってきた。
流石にこの季節、ベンチで夜明かししては命に関わると思いつつも、瞼は重く閉じつつあり、それに懸命に抗うだけで精一杯で、体を動かすことができなくなってしまった。
煙草の火は消え、手から吸い殻がぽとり、と落ちた。
いかんいかん、このままでは凍死してしまう。
そう思った時、閉じかけた眼の左端に何かがゆらめいた。
それは男のようでもあり、女のようでもあり、白くもあり、黒くもあった。
私のすぐ左側でそれはゆらゆらとこちらを覗き込むような体勢をとった。酔っていて胡乱な頭ではそれが何か全くわからず、それでいて恐ろしいとも感じなかった。
「お兄さん、こんなところで寝ていると死にますよ。私は近くの交番の警官です、わかりますか?」
なんだ、警官か。わざわざ夜のパトロール中に私のことを心配して、声をかけてくれたらしかった。
「大丈夫です、帰れますから……」
「そうですか? 死にますよ」
「本当に平気です……家も近いですし」
「死ぬんですか?」
なぜか期待しているような声音だった。
「大丈夫です……上着も着ていますし……しばらく休むだけですから……」
「死ぬんですね!」
歓喜の声をあげる彼……いや、彼女か? に対して流石に激昂した私はややきつめの口調で言った。
「あなた、誰なんですか? 死ぬ死ぬって嬉しそうに……本当に警官なんですか⁉︎」
すると、「あーあ……」と残念そうに言って、それはかき消えてしまった。
私は突然のことに酔いが一気に覚めた。辺りを見回したが警官らしき人物はおろか、誰も何もいなかった。
今思えば、「すいか」は「西瓜」でも「水夏」でもなく「誰何」、つまり「誰なのか問うこと」だったのだ。
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