茂人side友人の話

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茂人side友人の話

俺が楓君にお祓い箱されてから、ふた月経った。心のどこかでは、もう一度俺をレンタルしてくるのではないかと微かに期待していたけれど、レンタル事務所からは何の音沙汰も無かった。 オーナーも言ってたじゃないか。楓君が予約しない限りはこっちからは連絡しないからって。あれはオーナーなりの気遣いだと分かってる。これから社会人になろうって奴が、胡散臭いと思われがちなレンタル彼氏にいつまでも片足を突っ込んでいて良いわけじゃないから。 そうは言っても、こちらから楓君が元気かどうかも掴めない状況に、毎日胸がザワザワするんだ。月に一回は必ず会えていたのも、楓君がそう望んだからで、楓君が望まなければ会えなくなるなんて分かりきっていたはずだ。なぜ、連絡先を交換しておかなかったんだ、俺は。 自分が傲慢だった事に、今更ながら呆れてしまう。そんな事を考えていたせいか、仲間と一緒にだべっていた雑談にふと顔を上げた。 「だからさ、バイト先の子が酔っちゃって介抱してた訳。でもなんか、その子庇護欲が湧くって言うか、男なんだけど、可愛いんだよね。汚れた服脱がせて身体拭いてた時、色も白くて綺麗な筋肉で、ちょっといけるかもしれないって俺マジで思ったんよ。」 そうふざけた様に笑う拓也は、満更でもない様子だった。俺は笑って拓也に尋ねた。 「そんなに可愛い顔してるの、そいつ。拓也ってバイじゃないだろ?お前がそんな事言うの珍しいから。」 すると拓也はニヤッと笑って言った。 「ま、お前と違って俺はストレートだからな。でも気が弱くなってる相手を甘やかすのは、女でも男でも、可愛いと思ったのはホント。なんか独特なんだよね、森くんは。」 その時の俺は誰が見てもおかしかっただろう。俺は拓也に詰め寄って尋ねていた。 「…な、その森くんて子の名前、何ていうの。」 拓也は俺の剣幕にびっくりした顔をして答えた。 「…楓くんだけど。何、もしかして知ってる子?」 俺はこんな身近に森くんがずっと居た事に驚いていた。確かにカフェでバイトし始めたとは言っていたけれど、あまり深入りしない様にと、お互いに細かい情報は教え合わないのが暗黙のルールになっていた様に思う。 俺は楓君に会えそうで嬉しいのか、それとも拓也が俺よりずっと側で一緒に時間を過ごしていた事に嫉妬を感じるのか、複雑な気持ちで、黙りこくった。 「…俺、楓君に捨てられたんだ。」 俺の意味深な発言は仲間たちを沸かせたけど、拓也は眉を顰めた。 「…一緒に飲んだ理由は、森君を励ます会だぞ?森君が、縋り付いてた人と離れてもう会えないって凄い凹んでたから、俺たちが励ましてたんだ。お前の事だったなら、話が合わないだろ?」 そう拓也に言われて、俺はフリーズした。楓君が凹んでた?何で?自分から俺のこと切ったくせに。後ろも見ないで歩き去ったのは楓君だ。俺は何だかイライラして拓也を睨んだ。 「それ、俺の事だよ。もし俺の事じゃないなら、ちょっと許せないな。」 思わず語気が強くなった俺を、拓也は驚いた顔をして見つめた。 「…お前ちょっと変だぞ。とにかく森君は凹んでたんだ。だから俺たちバイト仲間が励ました。それが真実。それ以上の事は俺には分からない。」 そう肩をすくめて言われて、俺は自分らしくクールに振る舞えなかったのを自覚して、咳払いして言った。 「…悪かった。ちょっと楓君と拓也が、知り合いだったとかびっくりして動揺した。でも良かったよ。楓君の事はずっと気になってたから。」 そう言う俺に拓也は、まだ眉を顰めて俺を見つめていた。 「なぁ、楓君とお前が何か接点があるにせよ、俺たちみたいのが弄んで良い様な子じゃないからな。それだけは言っとくから。」 俺は分かったと頷いて、先に帰るからとリュックを持って席を立った。なんとなく拓也が俺の背中を見てる気がしたけれど、胸のザワザワは増すばかりだった。 楓君と拓也が俺よりずっと仲良くしてたのが気に入らなかった。拓也が楓君を可愛いと言ったのも気に入らなかった。俺だけが楓君の綻ぶような笑顔を知っていたかった。俺は誤魔化しようがなく気づいてしまった。いつの間にか楓君は俺の心に住み着いていたことに。 そうじゃなきゃ、レンタル彼氏から足を洗う時に、楓君ともあっさり会わなくなった筈だ。オーナーに頼み込んでまで楓君と繋がりたかった俺の無意識は、楓君の為と言いながら、自分の為だったのかもしれない。俺はこれからどうしたものかとため息を吐いた。 とりあえず、楓君に会いたい。会って、俺にどう反応するのか知りたい。俺が強引にでも本気を出せば、楓君は俺の手の中に転がり落ちてくるだろう。でも、それじゃ、いつ失うのかと怯える事になる。 楓君自ら俺の事を求めてくれないとダメだ。俺はどうして良いか分からずに、でも拓也のバイト先へと足を向けた。会えるまで通うつもりだった。こんな自分が何だからしくなくて思わず苦笑して呟いた。 「…必死かよ。」
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