茂人side月一回の仕事

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茂人side月一回の仕事

久しぶりに集まった大学の友人達とひとしきり話をした後、俺は席を立った。 「何だ、これから皆で遊びに行こうって話してただろ?都合付けられないのか?」 そう声を掛けて来たのは、大学1年の頃からつるんでいる拓也だった。俺はお仕事デートだからと言うと、拓也は眉を上げて言った。 「レンタル彼氏?お前もう辞めたって言ってなかった?」 俺は拓也の記憶力の良さに舌を巻きながら、荷物をリュックに仕舞いながら言った。 「あー、一人だけ残してるんだ。月イチの逢瀬ってやつ。」 皆のえっちだと揶揄う声に手を振りながら、俺は急いで大学のカフェテラスを出て、駅に向かった。大学4年の春の就活の前に、俺はレンタル彼氏のアルバイトから足を洗った。 俺の見かけに金を払ってくれる、様々な女の子達との束の間のカップルごっこは最初こそ楽しかった。けれどもストーカー紛いの女の子や、身体の関係を仄めかす女の人たちと触れ合ううちに、段々ウンザリしてきたのは否めなかった。 けれどもこの1年と数ヶ月、上京したばかりといった風情の若い大学生の楓君が、俺を指名してくれた時は妙なやりがいを感じたんだ。マスク越しでも他人との会話に飢えていた楓君が、俺の馬鹿話で弾ける様に笑って明るい笑顔を見せてくれると、何だか泣きたくなった。 月一回、楓君にとって安くはない金額を、俺に会って話をするだけのために支払ってくれる事にも意味を感じた。だから辞める時も、店のオーナーに楓君の予約だけ受けて下さいと頼むと、オーナーは楓君の話をしていた事もあって快諾してくれた。 オーナーもまさかレンタル彼氏が、孤独な青年の心の拠り所にもなり得るのだと思わなかった様で、そこからレンタルの幅を拡げる商売を始めたのだから、中々侮れない。それもあって、オーナーと俺の間では、楓君は特別なお客さんだった。 けれども心の何処かで、楓君がいつかは俺の事を予約しなくなる日が来るのも分かってはいた。でも、まさか今夜がそうだったなんて。 会って直ぐから、何か言いたげな楓君に俺は何となく空気を変えたくて、いつもはしないハイテンションで話し倒してしまった。いつもは楓君に寄り添う癒しの時間だったのに、そうしたら楓君は要らぬ事を言い始める気がした。 水族館で、ぼんやりと浮かび上がるクラゲの水槽の灯りに映される楓君は、よく見れば顎が細くて繊細な顔つきだ。でもスラリとした細身なのに触れるとがっしりした身体は、水泳部だったのが頷けた。 黒目がちな可愛い系の目は、よく見ると大きめの一重で雰囲気があった。出会った頃は笑顔も少なかった楓君は、すっかり自分を取り戻したのか、よく笑うようになった。 元々おっとりしてるせいで、大人しく見えていたけれど、慣れてくると気遣いのある明るい青年だと言うことが分かった。一方の俺は『レンタル彼氏』仕様で、いつもはこんな感じじゃない。だけど楓君と居る時の優しい自分は、元々自分にあった優しい一面なのか、演技なのか自分でも分からなくなっていた。 友人達がこんな俺を見たら、きっと笑い飛ばすだろう。そう、苦笑いしていたのを見ていたのか、楓君はいつもの様に別れ際に話があると言った。 俺は何だか悪い予感で、顔が険しくなってしまったが、驚いた様な楓君の表情を見て、いつも通りの取り繕った笑顔で向かい合った。そして、予期した通り、楓君は俺に言った。 「僕、もう茂人さんから卒業しようと思って。だから茂人さんを指名するのは、もう今日でお終いにします。今までありがとうございました。」 俺は楓君に何も言えなかった。だって、お金で繋がっている俺たちは友達とも呼べる関係でもなかった。俺は楓君の連絡先も知らなかったし、俺の連絡先も伝えたことはなかった。だって、俺たちはレンタルの関係だったから。 だからお客さんである楓君がもう俺を必要ないと放り出してしまえば、俺は自分から繋がることは出来ない。そんな事をぐるぐる考えて、モゴモゴしているうちに、楓君は明るい笑顔でさよならと言って駅の方へ歩き去ってしまった。 後で我にかえれば、その場で連絡先を交換してもらっても良かったし、いくらでもやりようはあっただろう。でももし楓君が俺に連絡先を教えるのを嫌がったら?俺はきっと立ち直れなかった筈だ。それはきっと、可愛がっていた子犬が、いつの間にか成犬になっていて、忘れられて牙を剥かれた時と同じ悲しみを感じるだろう。 俺はため息をついて、欄干に寄り掛かると、さっき気持ち良いと思っていた夜風も妙にまとわりつく様で、首元のシャツを指で外した。 「くそっ。」 思わず出た自分の言葉が、どう言う意味から出たのかを考えるのもしんどくて、俺は立ち去った楓君を目で探してしまいそうな気がして、俯いて駅へと歩き出した。
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